先の見えない閉塞感

2018年1月より公開される映画『苦い銭』より
©2016 Gladys Glover-House on Fire-Chinese Shadows-WIL Productions

 王兵はこの作品で、この町の個人経営の縫製工場で黙々とミシンを踏む農民工たちの日々の姿を、恐らくはあえて退屈なほど淡々とカメラで記録していく。勤務は通常、朝7時から夜0時まで、宿舎は3畳ほどの窓のない相部屋と十分苛酷ではあるが、一方で特別なドラマは何一つ起こらない。しかし、せっかく洗濯したのに干せばかえって汚れてしまいそうな工場宿舎の煤けた物干し場、早朝から夜中まで大音量で歌謡曲が流れ続ける作業場、職場にいようが宿舎に戻ろうが、どこにいても途切れることなく町から聞こえてくるクラクションと人の喧噪、残高が2元と知り電話をかけるのをあきらめふて寝する四十路の男性従業員、仕事は真面目で早くて正確だが、1人騙せば1500元(2万5000円)、2人も騙せばいまの月収以上が稼げるからと、マルチ商法で逮捕された容疑者のニュースを見ながら、あえて手を出そうと悩む、やはり四十路の男性従業員。農民工たちの日常、そして人生に充満する閉塞感が、スクリーンを通して私たちに生々しく迫り、窒息しそうになる。

 ひと仕事終えいったん故郷に帰るという農民工の1人が手にしたその月の報酬は1710元(2万9000円)。彼女は社長とやり合った末、2元の上乗せを勝ち取り、「社長の気前の良さは2元ね」と捨て台詞とも勝利宣言ともつかない言葉を社長に向かって投げかける。

 2014~16年にかけて撮影されたというこの映画でもなお農民工たちは、10年前に私が長距離バスの中で遭遇した農民工たち同様、2元にこだわらざるを得ない生活を余儀なくされているという現実に、言葉を失う。次の10年まで、彼らがこの閉塞感に絶望せずに生きていくことができるとは到底、私には思えない。そして中国の農民工たちの一見、淡々としているが、しかし確実に切迫の度合いを増している現状を世に知らしめた王兵の仕事の持つ意味は、遠からずより明確になることだろう。