一方で郭氏は、「民主主義ではメシは食えない」「台湾の労働者は休み過ぎ」など、ブラック企業の経営者を思わせるような発言が物議を醸してきた人物。ただ半面、町工場から一代でシャープを買収するような巨大企業を作り上げた経営手腕や中国工場で100万人を雇用する中国での実績は高く評価され、アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)の随行役として習近平国家主席との会見を果たすほどの中国当局との関係の深さも一目置かれている。

 大筋ではなお蔡氏に対する期待は大きいものの、経済的に明るい先行きが見えないことに対する苛立ちも膨らんでいる。とは⾔え、国⺠党の政治家に蔡⽒に対抗できるような⼈材も⾒当たらない。郭氏待望論は、このようなところから出ているものなのであろう。

「習主席と緊密」は諸刃の剣

 ただ、郭氏の中国との関係の深さは、台湾にとって危うさをもはらむ。

 2013年4月のこと。中国海南省で開催された国際会議に出席した習国家主席が、台湾代表団と会見した。台湾側の1人ひとりとにこやかに、しかし儀礼的に握手を交わしていた習氏だが、ある男の前にさしかかると「やあ、また会えたね」と親しげに声を掛けて歩み寄り、肩を抱いた。目の当たりにした中国側の幹部らは、「ほぉ」と小さなため息を漏らした。この様子を伝えた台湾のある記者は、幹部らのため息の意味を「『この男、乗り切ったな』というどよめきだったのでは」と解説する。幹部らに嘆息を上げさせたこの男こそ、郭氏である。

 乗り切った、というのには伏線がある。2012年3月、中国の最高指導部入りを目指していた重慶市の薄煕来書記が解任された。解任前に一時姿を消したことで失脚がうわさされた薄氏が同2月末、再登場して健在ぶりをアピールする場に選んだのが、郭氏との会見だった。薄氏と親密な関係にあるとの印象を持たれた郭氏は、同社が生産拠点の大半を置く中国でのビジネス展開が難しくなるとの観測が流れた。

 それから1年。「やあ、また会えたね」と習氏に肩を抱かれるという「お墨付き」を得て、郭氏は習主席と対立して失脚した政治家と親密だったというイメージを払拭してみせた。

 この一連の出来事は、中国における郭氏の影響力の大きさを示すものだ。ただ郭氏本人は、政争に利用されるほどの存在になったことをむしろ、自らの弱みとして認識したのではないかと思う。

「ごとき扱い」される台湾

 さらに、巨大な雇用を生み出し、巨額の税収をもたらす企業のトップとして、現状は中国当局から歓迎されている郭氏だが、これはあくまで郭氏がビジネスマンだからである。万が一、台湾の総統になった場合、中国での位置付けは、アップルのCEOに随行して習主席に会い、ビジネスを対等に語り合えるほどの立場から、「地方政府の一指導者」へと「格下げ」になるだろう。

 私がそう考えるのには理由がある。中国人が台湾の総統のことを語る時、それが政府の役人、大学の教師、学生、民間企業の経営者、サラリーマン、隣家のオヤジ、八百屋のおかみさんにかかわらず、ある人は憤りを込めて、ある人は鼻で笑いながら「あんなちっぽけな台湾ごときの指導者が偉そうにすんなよ!」という態度を取る人が圧倒的だからだ。

 中国の書店には立志伝中の人物として郭氏の伝記が並ぶなど、中国の国民の間でも経営者としての評価は高い。ただ、台湾の指導者になった途端、「ごとき」の扱いになる。これは台湾全体についてもそうで、エレクトロニクスなど台湾の産業のレベルについては高く評価するのに、台湾という存在のことになると、たちまち、「あんなちっぽけな島ごときが」とやはり「ごとき」扱いになるというのが私の印象だ。

 つまり、蔡氏でも郭氏でも、だれであれ台湾の総統が中国からごとき扱いされるということには変わりはないことになる。経済成長を期待して郭氏を推したはいいが、中国との関係が良好な郭氏が「ごとき」に格下げされるのを目の当たりにし、誤算だとなる可能性は大いにあると言えよう。