中国での「ジャップ経験」は必要だったか

 ただ、中国で私は、中国人から直接、この2つの差別語を投げかけられたことはない。しかし、これまでの生涯に2度、差別語を直接言われた経験をしたのも中国においてである。最初は1989年、北京の米国系ホテルで「ジャップ」「ハラキリ」「バンザーイ」と言われ、2度目は返還前の1990年代半ば、香港のフェリー乗り場で、「ジャップ」と言われた。電気に撃たれたような衝撃を覚えて言葉の飛んで来た方を振り向くと、2度とも、言葉の主らしき白人が小走りに遠ざかっていくのが見えた。

 直接といっても、いずれもすれ違いざまのことで、正面から衝突はしていないし、なぜ私がそれを言われたのかも分からない。1度目の北京の時は、そのホテルにあるイタリア料理屋のオープンテラスで、欧州のとある国から留学に来た白人の女の子と、初めてのデートをしていた時だった。黄色人種が白人の女の子とデートしていたのが、白人のあの男にはしゃくに障ったのだろうかと想像しても詮無いことだ。とにもかくにも、ドロドロとした熱いモノが腹の底から吹き上がってくるのを感じた。顔が見る間に紅潮し、瞬時に耳たぶまで熱くなった。

 ただ半面、自分がどういう行動を取ればいいのかも、よく分からなかった。体の小刻みな震えが、腹の底からせり上がってくる怒りからだけ来るものなのか、恥ずかしさなのか、恐怖もあるのか、その全部なのか、はっきりしなかった。「馬鹿なヤツはどこにでもいる。相手にしないで」と彼女に言われ、追いかけて対峙しなくてもいいんだと、ホッとしている自分が確実に存在していたということについても、正直に書いておきたい。

 この2度の経験は、今になっても折に触れて思い出すし、その時の情景もハッキリと頭の中に描くことができる。そして、差別用語をぶつけられ、どのような気持ちになったのかも。その感情は、想像を絶していた。ただ、矛盾するようだが、「実際に差別語を投げかけられなければ、その気持ちも分からなかったのだから、経験して良かった」などとは絶対に思わない。差別が言語道断の振る舞いであることを知るのに、経験など必要ない。差別語を言われた相手がどんな気持ちになるか、想像力を使うだけで十二分にわかるはずなのだから。

頭では分かっても無条件に不快なのが差別語

 沖縄県の米軍北部訓練場のヘリパッド建設工事に反対する市民に対し、大阪府警の機動隊員2人が、「ぼけ、土人が」、「黙れ、こら、シナ人」と暴言を吐き、戒告の懲戒処分になるという事件があった。『日本経済新聞』(10月22日付)によると、府警の事情聴取に2人とも「本当に申し訳ない」と謝罪するとともに、「長時間の警戒中に感情が高ぶり、思わず口をついて出た。差別的な意図はなかった」などと話しているという。日経新聞以外にも目を通してみたが、どのメディアも、「土人」については詳しく書いているが、「シナ人」の言葉の持つ差別性について、詳しく触れているものは見当たらない。2人とも、シナ人という言葉を使ったことについても、差別的な意図はなかったのだろうか。