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※この記事には映画「シン・ゴジラ」の内容に関する記述が含まれています。

中国・杭州で開催されたG20首脳会議(写真:ロイター/アフロ)

 原発事故や戦争を暗喩したと言われる「シン・ゴジラ」を観て、現代の中国で化身としてゴジラに成るとしたら何だろうか、ということについては前回書いた。同時にもう1つ頭に浮かんだことがある。それは、中国の映画人がもしいま、何かを暗喩して映画を撮るとすれば何だろうかということ。

 文化大革命(文革)、官僚の腐敗、人権問題、政権批判などいくつも頭に浮かぶ。ただこれをもし、「何かを暗喩して撮る」ではなく、「暗喩でしか描けないものを撮る」と言い換えると、対象はぐっと絞られてくる。習近平国家主席に対する批判もできなさそうではあるが、政権が交代すれば可能性はなくはない。そこで、指導者が替わっても当面難しそうなテーマということで考えれば、私はその筆頭はダントツで1989年6月4日の天安門事件だと思う。

最大のタブーと暗黙の了解

 民主化に理解のあった胡耀邦元総書記の死去に端を発した学生の民主化要求運動を当局が最終的に武力で弾圧した、というのが天安門事件についての日本や欧米での一般的な認識だ。ただ、中国政府は確か、「政治的波風に端を発した反革命暴乱」という具合に、いわゆる西側諸国とは異なる見解を示している。

 ここで、「確か」「している」と曖昧に書いたのは、天安門事件は中国において検索のNGワードになっているため、中国でこれを書いている私は確かめることができないし、あえて調べようともしていないためだ。ともあれ、事件から27年が経過した今日に至るまで、死者の数などを含めいまだに真相は分からないし、中国ではいまだに最大のタブーだと言っていい。

 事件当時、私は中国に留学していて、その秋から入る予定だった北京大学で入学の最終手続きをするため、事件前日の6月3日には北京にいた。手続きを終え、在籍していた山西省の大学に戻るため予定通り3日の夜行列車に乗り、翌4日の朝、山西省の太原に着き大学に戻ってみると、中国人の先生から「よく無事で戻ってきた」と迎えられた。ネットもない時代で情報は限られていたが、事件当日の4日朝の時点で、北京で起きたことのあらましを知らない中国人は誰ひとりいなかった。先に、天安門事件は中国にとって最大のタブーだと言ったが、最大の暗黙の了解でもある。もっとも、事件後に生まれた20代以下の若者の中には、事件の存在自体知らない人も大勢いるというのが現状である。

中国映画の黄金時代

 さて、情報の統制が厳しく、映画に対する検閲もあり、表現に対する制約も多いとの印象がある中国だが、中国のタブーという話が出ると天安門事件と並んでよく名前の挙がる文革については、意外なほど批判的に扱ってる映画は多い。陳凱歌(チェン・カイコー)監督の「さらば、わが愛~覇王別姫」(1993年)はその代表で、日中戦争や文革など時代に翻弄された当時の京劇役者たちの人生を描いたこの作品は、同年のカンヌ映画祭でグランプリに当たるパルムドールを受賞している。