テリー・ゴウは諦めない

鴻海が深セン工場の横に出した「町のでんき屋さん」(2012年)
鴻海が深セン工場の横に出した「町のでんき屋さん」(2012年)

 ところが郭氏は諦めていなかったのである。日本メディアはもとより、鴻海の地元である台湾でも伝えたところはほとんどなかったのだが、郭氏は今年6月22日に開催した同社の定時株主総会で、町のでんき屋さん計画――鴻海の名付けた計画の名前では「万馬奔騰」計画――を再始動すると表明したのだ。これを伝えたのは、同日付の台湾のネットメディア『財訊快報』。それによると、郭氏は前回の失敗は時期尚早でかつ準備不足だったとした上で、中国全土に約30カ所ある工場で働く工員から100人を選んで経営のトレーニングを受けさせていて、間もなく、彼らの故郷である地方の小都市や農村で町のでんき屋さんを創業させるとし、1年以内に成果を出すと述べた。台湾メディア「DIGITIMES」は6月29日付で、鴻海が年内に中国に1000店の町のでんき屋さん開設を目標に掲げていると伝えている。

 財訊快報によると、工員たちに町のでんき屋さんを開かせる大きな目的の1つとして郭氏は、鴻海が生産する家電やスマホなどの販売窓口を広げることにあると述べているが、同時に、同社が生産の自動化を進める中、工員たちは販売などの方面に進む必要があると述べたという。シャープのほか、今年5月にはマイクロソフトからノキアの携帯電話事業も買収した鴻海にとって、町のでんき屋さん計画は販路の確保・拡大に最大の目的があるのは間違いないところ。ただ、自動化で職を失うことになる工員たちの働き口を確保できないかと考えているのも、うそではないと思う。

 鴻海が2011年11月、当時同社最大の製造拠点だった中国深セン工場に全国の工場から10万人を超える工員を集めて開いた優秀社員の表彰式の様子を中国メディアの記事と写真で見たことがある。当時、鴻海はアップルのiPhoneをブラジルで製造するための準備を進めていたところだったのだが、挨拶に立った郭氏は、「優秀な従業員諸君には、ブラジルに駐在して仕事をしてほしい。もちろん、両親や妻子を連れて行ってもいいし、独身の人にはブラジルで嫁探しを手伝う。ブラジルは美人が多いぞ!」とおどけて語ったという。現場の写真に写る会場を埋め尽くす工員らが楽しそうに笑っていたのが印象に残っている。

 それで思い出したのが、鈴鹿サーキットで開かれたホンダの35周年記念式典に、引退して10年になる本田宗一郎氏が出席してスピーチした際の映像だ。いまでもYouTubeで見ることができるが、スタンドでマイクを持ち、「ウチはいい加減なのが社長になるようになってるんだ」などと挨拶して、詰めかけた社員らに大爆笑、拍手喝采で歓迎されていた本田氏の姿と、郭氏の姿が重なるような印象を覚えた。町のでんき屋さん計画が奏功し、シャープの家電やスマホを売りまくった元工員の中国人店主らと優秀セールスの表彰式で笑い合うことを郭氏は夢見ているのかもしれない。