1度目は、文化大革命(1966~76年)が終わり、鄧小平氏が最高実力者として「改革・開放」の中国の舵取りをし始めた1978年直後のこと。中国政府は1956年に火葬を奨励するのだが、1978年に30%だった火葬率は、1982年に18%まで急落してしまう。

 そして2度目は2006年。前年の2005年に53%まで上がった火葬率は、翌2006年に48%と5割を割り込み、2011年まで48~49%をうろうろした。『中国嬪葬事業発展報告』は2012年発行なので2011年までのデータしかないが、民政部の最新の統計によると、2014年45.6%、2016年48.3%。中国政府が2014年、火葬率100%を目標に掲げたにもかかわらず、2006年以降、一度も5割を回復せずに今日に至っているのだ。

 同書は火葬率が低下した原因について、1978~82年にかけての1回目は、火葬を奨励したのが文化大革命を主導した「四人組」を中心とする極左だったとの見方が広がり、極左に対する反発から火葬を避ける動きが拡大したと分析している。

 これに対して2006年以降の2回目については、当時、中国のトップだった胡錦濤総書記が打ち出した「以人為本」(人をもって本と成す)、すなわち共産党よりも国よりも経済発展よりも「人間を第一とする」考え方を、「自分本位で科学的根拠など無視してやればいいのだ」というように都合よく解釈する人間が増えたことが、火葬率の低下につながったのだという。つまり衛生面や用地の有効活用など「科学的根拠」に基づいて共産党や国が火葬を奨励しているにもかかわらず、「人間第一なのだから、自分の感情を優先すればいい。それならば身体が灰になってしまう火葬はイヤだ」ということになったという。

 こうして火葬が減り、土葬が増えた。身体が生きている時と同様、「全く無傷」のまま土に還れる「全身而退」という中国の伝統思想の復活が進んだのだと同書は説明する。ここにも、死んでからも生きている時と同様の状態でいたいという、「命あっての物種」に通じる、中国の死生観を垣間見ることができる。

 北京の日刊紙『新京報』(2018年4月21日付)によると、土葬が盛んな江西省では2020年の火葬率100%の目標を達成するため、今年6月以降、市民らが準備していた5000体に及ぶ土葬用の棺桶を強制的に取り上げることを決めた。別のメディアによるとこの政策は実際に実施され、対象になった市民らには補償金として1500元が支給されたという。

村上春樹が中国で受け入れられる理由

 先の『中国嬪葬事業発展報告』が、「死生観とはなんぞや?」を説明するくだりで引用しているのは、村上春樹の『ノルウェイの森』の一節だ。

 「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している」(講談社文庫版、上巻、P54)

 村上春樹が中国で熱狂的に受け入れられるのは、全く無傷のまま土に還れる「全身而退」と通じる死生観を村上の文学に感じるということもあるのだろう。