葬儀帰りの参列者ら。炎をまたいで厄を落とす(上海・2016年)

 魯迅は医学で中国を救い近代化を果たそうと日本に留学し東北の医学校に在籍するが、その日本である日、ロシアのスパイを働いた同胞が日本軍にとらわれ、いままさに斬首されんとする様を、多くの同胞が取り囲み無表情、無言で見物しているニュース写真を見る。魯迅はこれに大きな衝撃を受け、取り囲む野次馬の同胞を「看客」すなわち「観客」と称する。そしてこう続ける。

「およそ愚劣な国民は体格がいかに健全であっても、いかに屈強であっても、全く無意義の見世物の材料になるか、あるいはその観客になるだけのことである。」(『吶喊』原序。井上紅梅訳。青空文庫)

 この一件を機に魯迅は、「観客」になるだけの国民の精神を改変し祖国を救うのは医学ではなく文芸だと、文学の道に進むことを決めた。このエピソードは、太宰治が『惜別』でも書いている。

 澎湃新聞コラムニストの張氏は、「多くの人が、今回の慶陽の飛び降り嘲笑事件と魯迅が『吶喊』原序で書いたことを関連付けて議論している。そして大半の人は、魯迅が描いた時代から100年後のいまなお、一部の国民は感覚が麻痺していて無関心なのかと嘆き、驚いている」と指摘。その上で、「ただ、今回の事件は麻痺しているのでも無関心なのでもない。『ハッピー』であり『カーニバル』なのだ。『観客』は、無関心よりもさらに悪い『消費者』になった」と断じ、嘆いている。

 魯迅と張氏の指摘はその通りだとは思う。ただ、「観客」たらしめているのは、魯迅が指摘するように、人の精神を豊かにする文学の素養のなさだけなのか。また、張氏が指摘するように、人の死までをも快楽に換え消費するという、消費社会の行き着く先のことなのか。

 私は、それだけでは説明がつかないと考える。仮にそれだけならば、中国以外の他の国でも同じようなことが起きているはずだからだ。

 「暑いから早く飛び降りろ」「飛べ!飛べ!」という心ない激しい言葉は、自ら命を絶つという手段を選択する人を突き放す、中国人の死生観が、言わせている部分があると思っている。

「命あっての物種」を追求する中国人

 ここで話は冒頭で書いた、私から離れていった友人の引きつった顔という話に戻る。

 10年以上前のある日。私は、30代半ばになる中国人の友人から、仕事の相談を受けていた。安定してはいるが変化に乏しく退屈な国有企業の職を思い切って辞め、やりがいを求めてその1年前に独立。しかし、当てにしていた経験と人脈がなかなか具体的な商売に結びつかず、焦り始めていた。

 「この仕事が上手くいかなかったら、年齢的に考えてもう選択肢は残されていない。失敗したら後がないと思うと、不安でたまらない」と彼は言った。