家族の墓。畑の片隅にある。土まんじゅうを盛り上げた土葬だ(河南省・2015年)

 中国で先月、ビルから飛び降り自殺しようとしている若い女性を見物しに集まった観衆から「早く飛べよ」とはやし立てる声がいくつも上がった、というニュースを聞いたとき、私はとっさに、10年以上前に私から離れていった友人の引きつったような顔を思い出したのだが、少なくない中国人が思い出したのは魯迅の文章の一節だったらしい。

 自殺の一件は、飛び降りた女性が「#MeToo」で世界的に問題意識が高まっているセクハラの被害を受けていたこともあり、日本でも比較的大きく報じられたので、ここでは概要のみまとめる。

 中国内陸の甘粛省慶陽という町に住む李さんという19歳の女性は、2年前から教師によるセクハラ被害に遭っていた。しかし学校側は問題の解決に消極的で、かつ支援に当たった心のケア担当の人物が専門家でなかったこともあり、李さんはさらに心を病んでしまう。そして先月20日、自ら命を絶つ道を選んだ李さんはビルの8階から飛び降り自殺を図ろうとした。駆けつけた消防が説得を試みること数時間。野次馬の中から、冒頭で紹介した心ない野次がいくつも飛び、それを聞いた他の野次馬から笑い声が上がった。様子を動画投稿サイトで実況中継する者もいたという。李さんは、ビルによじ登り近くで説得に当たっていた消防隊員に礼を述べ、「飛び降りなきゃいけないみたい」の一言を残して身を投げ出し絶命した。

 事件を伝える中国メディアには「冷血」「鬼畜」といった言葉をタイトルに並べ、野次馬を厳しく非難するものが目立った。中国ではその後、6月23日には広東省汕頭で33歳の男性、同26日には江蘇省南通で女性、7月3日には湖南省長沙で30代の女性といった具合に、ビルから飛び降りようとする人と、それを見物する野次馬が心ない野次や嘲笑を浴びせるという事件が相次いだ。どの現場でも野次馬が「暑いんだから早く飛べよ」と大声で叫んだり、「飛べ!飛べ!飛べ!」の大合唱が起きたりしたのだという。

「冷血」「鬼畜」なのか?

 心ない野次を飛ばした者たちを擁護するつもりはさらさら無い。ただ、そのような野次を飛ばしたり、笑ったりできるのは、その人らが中国メディアの書くように「冷血」で「鬼畜」だからなのか、ということについては、考えてみる必要がある。

 上海のネットメディア『澎湃新聞』のコラムニスト張豊氏は、甘粛省慶陽の李さんが飛び降りた5日後の6月25日、同紙の評論欄「深観察」でこの問題を取り上げた。「飛び降りた若い女性と沸き起こる嘲笑 魯迅の書いた『看客』はアップグレードしたのか」と題する文章で張氏は、中国近代文学を代表する作家の魯迅が今から96年前の1922年、『吶喊』という短編小説集の序として書いた「『吶喊』原序」という文章を取り上げている。

今まで誰も描くことのなかった中国版ヒルビリー・エレジー
3億人の中国農民工 食いつめものブルース

この連載「中国生活「モノ」がたり~速写中国制造」が『3億人の中国農民工 食いつめものブルース』として単行本になりました。各界の著名人からレビューをいただきました。

●私はこの例外的に「間合いの近い」取材方法を成り立たせるために著者が費やした時間と労力を多とする。長い時間をかけて、息づかいが感じられるほど取材対象の間近に迫るというスタイルは現代ジャーナリズムが失いかけているものである。
(哲学者 内田樹氏によるレビュー「感情の出費を節約する中国貧困層のリアリズム」より)

●「ブルース」という単語に何とも(やや古びた)哀愁があり、そしてカバーの写真の農民工の写真には、記念写真では決して撮れない、私自身が感情移入して泣いてしまいそうなリアリティがある。
(中国問題の研究家 遠藤誉氏によるレビュー「執念の定点観測で切り取った、中国農民工の心」より)

●だが、最近の日本のソーシャルメディアでは、「親の時代はラッキーだった」、「親の世代より、子の世代のほうが悪くなる」といった悲観的な意見が目立つ。中国においても、農民工の楽観性や忍耐がそろそろ尽きようとしているようだ。
(米国在住のエッセイスト 渡辺由佳里氏によるレビュー「繁栄に取り残される中国の『ヒルビリー』とは?」より)

●同書で描かれるのは、時代と国家に翻弄される個人たちだ。歴史的背景や、共産党政権の独自性うんぬんといった衒学的な解説はさておき、目の前で苦悶している、もっと距離の近い苦痛の言葉だ。
(調達・購買コンサルタント/講演家 坂口孝則氏によるレビュー「年収3万の農民に未婚の母、中国貧民の向かう先」より)