ほどなく、刈り入れ間近で黄金色に色づき始めた水田のあぜ道を、木の枝のような棒を手にした老女が、ものすごい勢いでこちらに向かってくるのが見えた。まるでテレビのアニメで、足をクルマのタイヤのようにぐるぐる回転させ、待てーっと叫びながら棒を振りかざしダメ亭主を追いかけている女房のようだった。

 「あ、おばあちゃんだ……」。今にも泣き出しそうな顔をしてウーガオが老女に向かって駆け出していく。「この悪ガキが! 昼メシにも帰らないで、晩メシの時間になるまでどこをほっつき歩いてたんだ!」と叫びながら、ウーガオの背中やお尻を激しく枝で打ち据える。「ああ、おばあさん、ぶたないでください。ぶたないでください。この子が悪いんじゃない。ボクが悪いんです」と老女の腕に手をかけ押しとどめようとすると、「ええい、触るな!」と一喝され、私は飛び退いた。

 どうしたらこの修羅場を収拾できるのだろうか。絶望的な気分になりながらヨロヨロと老女と子供の後を追いかけていくと、総出で待ちかまえていた隣組の住民たちに囲まれて突き上げられた。「晩ごはんの時間になるまで1日中子供を連れ回して、どういうつもりだ!」「お前は今年いくつになるんだ!」。41歳です……。「40にもなって、なにやってんだ!」

女と子供と老人しかいない村

女性と子供と老人ばかりの村

 あらかた罵って少し落ち着いたのだろう、1人の中年女性が、静かな調子で言った。「ウーガオはね、両親共に北京へ出稼ぎに行っているんだ。大切な一人息子に万一のことがあったら、預かってるこのばあさんは、死んで両親に詫びなきゃならないんだ」。

 そう言われて、私を取り囲んでいる人たちを見ると、10人あまりの大人たちが20代とおぼしき若い人から老人までと年齢の幅はあるものの、全員が女性だということに気がついた。日曜日の夕方だというのに、男たちは全員、仕事なのだろうか。

 「まあもういいよ。あんたも疲れたでしょ。白湯でも飲むか?」。そう言われて初めて、のどがカラカラに渇いていることに気付いた。しかし正直に言うと、白湯を飲む間ももどかしく、一刻も早くこの場から立ち去りたい気分だった。「いや、結構です。本当に申し訳ありませんでした」。すっかりしょげ返ってしまった子供たちの頭を1人ずつ抱いて、「今日は本当にありがとう。そして、ごめんな。また会いに来るからね」と言って私はその場を立ち去った。

「ダサくて貧しい農民の息子は進学なんて無理」

 身から出たさびだとはいえ、こんな事態に遭遇したら、この村には二度と来たくないと思うのが普通かも知れない。ただ私は、必ずもう一度来なければならないと思っていた。それは、チュンリーとある約束をしたからだった。

 その日の午後。遊び疲れて森の中で一休みしていた時、チュンリーが私に尋ねた。「おじさん、今度はいつこの村に来るの?」。彼らに会いにまたこの村に来たいと思ってはいたが、私の住む上海からこの村までは約500キロ。当時、まだ新幹線(高速鉄道)は開通しておらず、交通手段は長距離バスしかない。しかも直行便はないので、ここに来るには1日がかりになってしまう。行こうと思い立ってすぐに来れるほどの距離ではなかった。子供相手にいい加減な約束はできないと思った私は、「そうだなあ……チュンリーが高校を卒業するまでには、必ずもう一度来るよ」と答えた。8年もあれば、その間に一度ぐらいは来れるだろうと思ったのだ。

 すると、それを聞いたチュンリーは、困ったような顔をして、「おじさん、ボクは多分、高校には行かないよ。だから、もう少し早く来てくれないかなあ」と言う。「チュンリーは高校に行きたくないの?」「行きたいけど……でも、農民はとっても貧しくてダサいから、その子供が高校や大学に行くなんて無理なんでしょう? みんなそう言ってるよ」。

 胸を衝かれた。

 この子たちの周囲にいるのは全員農民のはず。都会に出稼ぎに出て蔑まれたこの村の大人たちが、自嘲気味に言うのを聞いているということなのだろう。「そんなことはないよ。農民が食べるものを作ってくれなかったら、おじさんも、それに君たちだって食べるものがなくなっちゃうじゃないか。農民は立派な仕事だよ」。傍らで真剣な顔をして2人の会話を聞いていたウーガオが、コクリとうなずいた。チュンリーを見ると、やはりうなずきはしたものの、完全には納得できないというように、曖昧な、困ったような顔をしていた。そこで私はさらに、「チュンリーが、高校に行きたいと本当に思うなら、きっと行けるよ」と重ねた。するとチュンリーはようやく、しかし張りつめた表情のまま、それでもコクリとうなずいた。