盛大に開催された「一帯一路」の国際会議にはロシアのプーチン大統領も参加した(写真=新華社/アフロ)
犯罪を計画の段階で処罰する「共謀罪」を盛り込んだ「テロ等準備罪」を新設する法案が2017年5月23日、衆院を通過した。一方、衆院法務委員会で共謀罪の審議が続いていた5月半ば、中国でもメディアの見出しに連日、「共謀」の文字が並んだ。
ところがこれらはどれも、日本の共謀罪のことを伝える記事ではなかった。習近平国家主席の肝いりで中国が推進する21世紀版の海と陸のシルクロード「一帯一路」に関する国際会議が5月14、15日の両日北京で開かれたことは日本でも連日大きく報じられたが、これを報じる記事に「共謀」の2文字が躍ったのである。
例えば中国政府のシンクタンク国務院発展研究センターが出している『中国経済時報』は5月15日付で、「創新機制共謀発展推動一帯一路建設侵入新階段」というタイトルの記事を掲載した。今回の国際会議に出席した関係各国に対し「一帯一路の建設を新たな段階に推進するためシステムを共に創り出そう」と呼びかけたものだ。また、中国人民銀行が発行する『金融時報』も同日付で、国際会議の融資をテーマにした部会に出席した肖捷財政相が、一帯一路の構築加速に向けた資金の融資を共同で進めていく必要があると語ったのを伝えた記事に「肖捷:共謀資金融通之策為一帯一路建設加油助力」という見出しをつけ、ここでも「共謀」という言葉を使った。
『大辞林』(三省堂)によると、「共謀」は「二人以上の者が相談して、多く悪事などをたくらむこと」とある。これに対し中国で最もスタンダードな辞書『新華字典』(商務印書館)でも「共同で謀を計画すること(多くは悪事)」としていて、日本語と意味は同じように思える。共謀罪の衆院通過や、国連の特別報告者がプライバシーや表現の自由を制約する恐れがあるとして組織犯罪処罰法改正案に懸念を示す書簡を安倍晋三首相に送ったこと等を伝えた中国メディアの報道でも、カギカッコをつけて「共謀罪」をそのまま使うケースも少なくなかった。さらに、収賄等の罪で起訴された韓国前大統領、朴槿恵(パク・クネ)被告の初公判の様子を伝える中国国営新華社の記事(5月23日付)でも、「指責朴槿恵興崔順実為一己私利践踏法治精神、共謀利益」、すなわち朴槿恵前大統領と親友の崔順実(チェ・スンシル)被告が私利のために法治を踏みにじり利益を謀ったという部分で、「共謀」を使っている。
ただ、先に紹介した「一帯一路」の国際会議を伝えた新聞の見出しを見れば分かる通り、「共同で何かを進めること」の意味合いで共謀という言葉を使うケースが、どちらかと言えば中国では多い。
「共謀=悪事」というストレートな図が頭に浮かばないということもあるのか、日本の「共謀罪」について、中国の市民の関心は意外なほど低い。
安倍首相の動向を警戒し常に注視している中国では、例えば今年4月に安倍首相がオーストラリアを訪問した際、「インド・太平洋安保の強化による中国包囲網」を呼びかけたとして、中国のネットメディア『新浪』などは「安倍又搞事!」(安倍、今度は何をやろうとしてんだよ!)と警戒感をあらわにした見出しを立てた。これがスタンダードな反応だから、衆院法務委員会における「共謀罪」の4月17日の審議で、金田勝年法相によるいわゆる「キノコ・タケノコ問題」の答弁など、格好の「ネタ」として、メディアもSNSも飛びつき揶揄し倒すのではないかと思った。
ところが、キノコ問題に限らず、共謀罪全般、メディアの扱いも低調だし、「WeChat(微信)」、「Weibo(微博)」などの大手SNSや、「知乎」等の大手Q&Aサイトでもほとんど話題に上っていない。Weiboでは、日本に留学している中国人女性と思しき人が、やはり中国に住む中国人たちの「共謀罪」に対する関心があまりに低いと感じたのか、「中国のネット民はなお日本から遠く離れたところにいる。『共謀罪』についての討論が皆無に等しい」と指摘しているのも見つけた。
本命の「共謀罪」への付け足しだと揶揄されているものの、一応「テロ等準備罪」と銘を打った法案のこと。イスラムやチベットの民族問題を抱える中国が、日本のこととは言え「共謀罪」の報道やSNSのチェックに細心の注意を払い引き締めている側面もあるだろう。さらに、政治向きに敏感なつぶやきが削除されることも少なくない中国のSNSやQ&Aサイトで、成立すれば、発言どころか頭の中までチェックされるのではないかとの懸念がある日本の「共謀罪」を話題にするのを市民がはばかる気持ももちろん働いているだろう。それらの点を考慮しても、やはり私は、「共謀」が「悪事」と必ずしも直結しないことの影響も大きいのではないかと思っている。
ただ一方で、中国人と「共謀」という言葉について、私には忘れられない思い出がある。
流暢な日本語を使うAさん
1990年代、香港に住んでいた際に仲良くしてもらっていたAさんという中国人がいた。東北地方の大連の出身で、存命であれば90代前半だと思う。Aさんはとても流暢な日本語を話した。当時満州にあった大連で日本の支配下にあった中学に通っていたためで、校内に1歩足を踏み入れると中国語は厳禁。うっかり中国語を話すと、1回につき手ぬぐいを1本買えるだけの罰金を取られたのだと話していた。
日中戦争が終わり、国共内戦の続いていた中国で、Aさんは小学校の教員になった。そして、国民党の敗色が濃厚になっていた、新中国の成立前夜。中国共産党が主催した教員対象の合宿に参加させられたAさんは、テキストとして使われたオストロフスキーの『鋼鉄はいかに鍛えられたか』を読んで、なんとも言えない息苦しさを感じ、こんな社会はいやだと合宿を脱走、香港に流れ着いた。
そのAさんには、Bさんという幼なじみの親友がいた。香港での生活が安定すると、AさんはBさんに贈り物をしようと思った。イギリスの植民地だった香港には、当時の大連では手に入らない欧米の品々が溢れていた。そしてAさんは、文学が大好きで自らも小説を書いたBさんを思い、欧州製の万年筆を買い求め、大連のBさんに贈った。Bさんは、万一なくしてしまっては大変だと、あまり外には持ち出さず、自宅の机の中に大切にしまっていた。
それから数年後。中国に文化大革命(1966~76年)が起こると、この友情のこもった万年筆が悲劇を引き起こす。家の中に踏み込んできた紅衛兵に机の引き出しから万年筆を見つけられ、欧米のものをありがたがる堕落したブルジョアだとして、Bさんはつるし上げられ、その後10年以上にわたって不遇の時代を過ごした。
時は流れ、1990年代のある年のこと。出張で北京に行くことになった私はAさんから、その後北京に移り住んでいたBさんに渡してくれと、お土産を託された。既に欧米のモノを持っているからといって打倒されるような時代ではなかったが、託されたのは、香港製のお菓子だった。
北京で会ったBさんも、流暢な日本語を話した。日本語がお上手ですね、というと、Aさんが話してくれたのと同じ、手ぬぐい1本分の罰金の話をしてくれ、日本語が話せるようになったのはあの罰金のおかげだ、と言った。
20年で「共謀」は身近になった?
そこで私は、Aさんから託されたお土産を渡しながら、「万年筆の話も聞いています」とBさんに話した。Bさんは淡々と、「あの万年筆をもらったことで、香港の資本家と『共謀』してブルジョア思想を広めようとしている、なんてことも言われたんですよ」と言った。悪事を表すことではあまり使わない「共謀」という言葉をBさんが用いたのは、おそらく、会話が日本語でかつ話し相手の私が日本人だったためだったのだろう。
ただ、日本で共謀罪が成立しようとしている20数年後のいま、その後に続いたBさんの言葉を改めて思い出した。Bさんはこう言ったのだ。「あなたのような戦後生まれの日本人には、理解できないことでしょうけれどもね」と。
香港に移り住んだ幼なじみから、欧州製の万年筆をもらったことが、「共謀」してブルジョア思想を広めようとしているとこじつけられることがあるなど、日本の若い世代には想像もつかないだろう、という意味だ。当時30そこそこだった私は今年52歳になる。そして、Bさんがご存命であれば、日本の今の状況を「おや…」という思いで眺めておられるのではないかと思うのである。
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