中国は「異なるもの」を抱える余裕がなくなった

「殺馬特」を卒業し、長髪を切って黒髪にした羅氏(開店した自分の店の前で)

 殺馬特に対するこのような評価には、中国人がそもそも、あらゆる方面で主流を好むという傾向があることも大きく関係している。ただ、土地柄による違いはあって、北京は首都でありながら反骨精神や変化を尊び評価する土壌が幾分あるが、上海は既に評価が定まったものを好む保守的で安定志向なところがある。先に私は、上海にいて殺馬特の登場をほとんど認識できなかったと書いたが、それは、異端である彼らを端から弾いてしまったため、もともと生存空間の少なかった彼らが入り込む余地が生じなかったということなのだと思う。

 そして今年の春節(旧正月)を間近に控えた1月末。「殺馬特の生みの親である羅氏が、殺馬特を卒業して主流に戻る」という記事を複数の大手メディアが伝えた。一昨年、病気で父を亡くし、広東省のある土地で家政婦として働く母と、やはり同省の工場に勤務する2人の妹を抱える羅氏が、「長男としていつまでもバカばっかりやっていられねえ」と目が覚め、深圳のへんぴな場所に理髪店を開業したというのがその内容だった。そしてまたどれもが、「主流に戻るという正しい選択をした」「母のために頑張っている」と羅氏の決断を評価していた。

 どの報道も羅氏自身の言葉として伝えているので、殺馬特を辞めた理由として、それはうそではないのだろう。ただ、「主流」の人たちから、「脳残」「悪趣味」「無文化」とあれだけこき下ろされた彼、小学生時代に既に存在感のなさを自覚して非主流に向かった彼が、「主流に戻って良かったね」とまさに主流の人たちから評価されていることについて、「ああ、おれはバカだった。若気の至りだった」と単純に反省して喜んでいるとはとても思えなかったし、父の死の他にも、彼を殺馬特を辞めようと思わせたものが何かあったのではないかと思えてならなかったのだ。

 そこで私は、彼に直接話を聞いてみたくなった。幸いにもSNSで彼とのコンタクトを取ることができたので、「殺馬特やあなたの卒業のことを報じた記事を読んだが、そのどれもがあなたが主流に戻ったと評価するものばかりで、表面的なことしか書いていないと違和感を持ったのだ」と話しかけた。

 すると彼からまず返ってきたのは、

「同じような考えの人ばかりにしようというのは、とても怖いことだ。病んだ社会だ」

 というメッセージだった。

 これが聞けただけで十分だ、と私は思った。

 彼は、「主流」の人びとが言うようなただの「悪趣味」でも「脳残」でも「無文化」でもなく、自らの意思を持って「非主流」を選択した人だった。そして、その本質は今でも何ら変わっていない。それでも彼が「非主流」を捨てて「主流」に呑み込まれる選択を迫られた背景にあるものは何か。

 それは、「同じものばかりにしよう」という社会の風潮であり、殺馬特が生まれた2008年当時に中国にはあった「違うもの・異なるもの」を抱えておく余裕を、いまの社会がなくしてしまったということである。そしてそれは、なんとなく息苦しさを増した最近の中国で、「人と違うことをしない、つまり主流にいれば安心」という意識が、市民の間に働き始めているのだと思う。

 14億総主流化の中国はどこに向かうのだろうか。