理髪店で髪を逆立ててもらうのが「殺馬特」の1つの特徴

都会人を模倣しようとした末の失敗なのか

 例えば広東省の新聞『南方都市報』の記者、張天潘氏が「殺馬特・貧困な文化の産物」と題した記事で定義した殺馬特に属する若者たちは、次のようなものである。

「農村で1990年代以降に生まれた世代で、学歴は中卒か中卒後に専門学校を卒業。安い服を好み、使用している携帯電話は国産のコピー品、自撮りした写真をQQ等のSNSに投稿するのが大好きだが、街の写真館やプリクラで写真を撮るのも好きで、写真館ではなぜか目の覚めるような青空の絵を背景に選んでいるものが圧倒的に多い。学校卒業と同時に故郷の家を出て、小都市や大都市に来て、安アパートやさらに家賃の安い地下室に多くの場合誰かと同居することがほとんど。職業は美容師、警備員、ウェーター、鴻海のような工場勤務が多いが、闇の社会で働くことも少なくなく、この点は、建設現場で体を酷使し額に汗して働いた彼らの父や祖父の世代とは大きく異なっている。むしろ、体力を使う仕事は避ける傾向にある。付き合うのは同郷の同年代で、ネットで知り合うケースも多い。余暇はネットカフェ、ディスコ、屋台を冷やかして過ごす」(『南方都市報』2013年3月8日付。以下同)

 そして、殺馬特の源流と、現象の意味するものについては、「欧米のパンクやメタルなどの『非主流』(サブカルチャー)に影響されたものだ」と指摘する一方で、「主流に対する反逆でも、イノベーションでも、謀反でも、下克上でもない。つまり、欧米のサブカルチャーとの類似性はほとんど無い」と切り捨てる。

 ではなぜ農村出身の若者たちが殺馬特に走ったのかについて張氏は、このような認識を披瀝する。「殺馬特は、彼らが理解しイメージする都会人の姿だ。都会人になりたい、都会人を模倣しようとして努力した末の失敗した結果なのだ」と。さらに、「彼らは都会人に近づきたいと思い続けているが、本当の都会人になるにはお金がかかる。しかし、彼らにその経済力は無い。だから、チープなものを身に着けるしかない」とした上で、殺馬特とは、「貧困な文化の産物なのだ」と結論づけるのだ。

 私が知る限りにおいて、張氏の意見は、中国における知識人や都会生まれの都会人のみならず、国民の一般的な認識だといっても過言ではない。この文章が発表されたのは2013年のことだが、5年経った今も基本的に認識は変わっていない。羅氏同様、留守児童として育った農村出身者も、多くは殺馬特の存在を評価していないのだ。殺馬特の存在を知った私は、20代前半の元留守児童たち数人に殺馬特の評価を聞いて回った。すると、大学院生、中卒で自動車部品工場勤務、大卒で上海のサービス業勤務、中卒で上海の物流会社勤務と、それぞれ現在の境遇は異なる彼らは一様に、「殺馬特? 非主流でしょ。良くないよね」とにべもないのである。「評価はしないものの、境遇は理解し存在は認める」、というのでもなく、「良くない」と一刀両断なのだ。