シューの隣の物流倉庫で働いていた、やはり農村出身のシュン(24歳)も、友達がこぞってクルマを買おうとしているのに刺激された。そして、まずは運転免許だということで、母と妻の了承を得て、家の貯金から1万元(約17万円)を出し昨年、教習所に通った。実地で1度不合格になったものの2度目で無事合格。「さあ、旧正月前に今度はクルマを買うぞ。日産のティアナが欲しいな。でも、お金がないから中古でいいや。え? 2009年製でも11万元(約190万円)もするの? でもローンで買えばいいや」などと楽しそうに夢を膨らませていた。
ところがそれから程なくしてシュンはリストラに遭い、クルマの購入も当面見合わせざるを得なくなった。それでも、クルマを買おうとしていたほどなんだから、それなりに蓄えはあるんでしょ? と尋ねると、「うーん、無収入が2カ月目に入ったら、貯金は底が見え始めちゃうかな」との答え。そうなのか、それじゃあティアナのローンの途中でリストラされていたら大変なことになっていたねと重ねて聞くと、「払えなくなったらローン会社にクルマを取られてそれでチャラだからそれほどのプレッシャーはないだろうけど、でも、危なかったね」。
「日本経済新聞」(2016年4月22日付)によると、中国の自動車メーカー上場8社の2015年12月期決算は、8社のうち7社が前期比2ケタの増収、特に15年10月から始まった小型車減税を背景に、小型車に強い中堅メーカーが収益を大きく伸ばしたと伝えている。
バブル全盛期の1980年代、日本では若者が6畳のワンルームに住んでBMWなどの高級車を買うという現象があった。中国の現状も、80年代の日本と類似していると言えるのかもしれないが、便器むき出しの独居房のような部屋に家族3人で住んでクルマの費用を捻出したシューや、リストラでローンが払えなくなってもクルマを取られるだけなのでそれほど怖くないというシュンのケースを目の当たりにすると、彼らのマイカー購入は、実に危ういところで支えられているものだということが分かる。
敗残感漂う家よりも贅沢な車内が購入に走らせる
それにしても、彼らがここに来てこぞってマイカー購入に走っているのはなぜなのか。
先の日経新聞の記事にもあったが、中国は昨年10月、排気量1.5リッター以下の自動車購入税をそれまでの1万2000元(約20万円)から6000元に半減した。シューとウェイも「減税が買う1つのきっかけにはなった」と言う。しかし、「それが最大の理由ではない」とも言う。それでは、最も大きな理由は何かと尋ねると、購入を見合わせたシュンも含め3人とも「なぜって……欲しいからだよ」と繰り返すのみ。ただそのうちシューが「クルマに乗っていると、金持ちになった気分にはなるな」とつぶやいた。それを聞いた他の2人は、「そうそう、クルマの中って、自分の家よりゴージャスだもんね」と同調した。
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