シューの家。むき出しの便器が目に付く

 シュー(23歳)が上海に借りている上海の家を初めて訪ねた時の衝撃は忘れられない。

 案内されて部屋に足を踏み入れると、1つしかない窓に近い最も日当たりのいい場所に、洋式の便器がむき出しになって置かれているのが目に飛び込んできたからだ。

便器がむき出しになった部屋に住む

 ここはバスルームで、居間や寝室は別にあるのかと思ったが、便器の右隣には大きな液晶モニターを載せた机、左隣には木製のベッドがある。「狭くてびっくりしたでしょう? 部屋はこの1つしかないんです。500元(約8500円)の予算だと選択肢がなくて。上海は家賃が高いから。故郷にある実家は大きいんですけどね」と恥ずかしそうにシューは言うが、部屋の広さは10畳ほどはある。この1部屋に3歳の子供と親子3人で暮らしているというから手狭ではあろうが、広さだけならこれよりも小さい部屋に暮らす人はいくらでもいるだろう。しかし、部屋の中に便器がそのままポンと置かれている部屋は初めて見た。シューは、使う際の目隠しになるよう、天井からビニールシートを吊るしていたが、窓からのすきま風でさえシートが動いているのを見ると、気休め程度にしかならないのは一目瞭然だった。かつて新聞で見たことのある、日本の刑務所で死刑囚が過ごす独居房が頭に浮かんだ。

 シューの家の大家はこの土地で農業をする上海の農家で、自分の家の敷地に賃貸住宅を建て貸し出している。店子は全員、地方の農村から出てきて上海の郊外に暮らし、近所にある工場や倉庫で単純労働や簡単な事務作業をしたり、ウェーターなどサービス業をしたりして働くシューのような比較的賃金の安い地方出身者だ。

浮き彫りになる「農民内格差」

 それにしても、大家はどんな考えで、トイレに囲いを付けなかったのだろうか。

 このコラムの1回目で温水洗浄便座のことを取りあげた際、上海には19世紀後半から20世紀半ばにかけての租界時代に建てられた古い集合住宅が、この10年に進んだ再開発でだいぶ数は少なくなったが今でも残っていて、こうした古い伝統的な住宅の中には、トイレのない物件が少なくない、それも、かつての日本によく見られた個々の部屋にトイレがない共同トイレのアパートととも違って、下水道や浄化槽が未整備だった名残で建物の中にトイレ自体がなく、「馬桶」(マートン)と呼ばれる「おまる」を使って、部屋の片隅で用を足していたのだ、ということを書いた。

 しかし、シューが住んでいるような住宅は、この10年ぐらいに建てたものだから、ベニヤ板で囲うなりした独立したトイレのスペースはいくらでも作れたはずである。それを作らなかったというのは、トイレに対する感覚の違いということもあるのだろうが、上海人が地方出身者を「田舎者の農民工」とさげすむ様を町で、ネットで、雑誌で嫌になるほど見聞きしてきた私には、「便器を付けてやっただけでもありがたく思え」という大家の心の声が聞こえるような気がしてならない。上海の農民が、地方の農民を差別するという構図である。心の声を聞いたというのはあながち私の勝手な妄想ではない。なぜって、大家たちが自分たちで住む立派な母屋の方には、独立したトイレの個室をちゃんと設けていて、昨今では日本みやげの温水洗浄便座まで付けているのだから。