でも、帰ってどうするの? そもそもクニに仕事がないから上海で仕事を探していたわけでしょと尋ねると、「新幹線が開通して、工場やアパートがたくさんできて、警備員の仕事なら50代でもあると聞いた」との答えだった。
そしてクニに帰ったシーシュンはすぐに、最近できた商業ビルに警備員の職を見つけて働き出した。すると、あれだけ悩まされていた湿疹がうそのようにピタリと収まったのだという。恐らく湿疹は長期にわたって仕事が見つからないストレスによるものだったのだろう。社会に自分が必要とされているということ、仕事をする喜び、精神的な支えや尊厳が、いかに肉体や身体に大きな影響を与えるのかということを如実に示すものであり、新幹線の開業効果だと言える。
低すぎる収入に若者はUターンに二の足
ただ、新幹線沿線の出身者達には、就業機会が増えたと手放しで喜べない事情もある。それは、物価の違いを勘案しても安すぎる賃金水準だ。
シーシュンの給料は、日勤だけではあるが、週休1日で1200元(約2万円)に過ぎない。学齢期の子供を抱える20~40代は、この低賃金を懸念して、故郷へのUターンにはなかなか踏み切れないでいるのである。
新幹線が開通したばかりの農村地区では、新しく開業した工場でも月2000元(3万4000円)程度が相場。同じ工場勤務でも、上海時代の半分以下になってしまう。しかも、農村の物価は既に、都会に比べて一律に安いと言うわけではない。家賃は100平米で500元(約8500円)程度と、上海に比べれば格安だが、野菜や肉など生活必需品の物価は、農村も都会も変わらない。それでも、夫婦2人で働いて世帯収入が月4000元(約6万8000元)あれば生活が苦しいということはないが、子供の学費や結婚費用、親の老後の介護、そして自分たちの老後とこれからかかる費用を貯めることを考えると、額面の収入が半減するのを受け入れるのは勇気がいる。
新幹線が開通しても、若者がUターンしたがらないのは、比較的仕事で成功しているケースでも同じである。
北京で働くハンション(25歳)、ミン(25歳)の夫婦もそうだ。彼らは同郷なのだが、この村にも新幹線の駅ができた。特に妻のミンの実家は50メートルも離れていない所に新幹線の高架が走っている。付き合って半年の昨年10月、開通して3カ月の新幹線に乗って故郷に戻り、町一番のレストランで式を挙げた。送迎のクルマにはBMWを奮発した。中学生の時からハンションを知っている私を、彼は式に呼んでくれた。
新幹線が開通して、町も随分変わり始めてるね、結婚を機にUターンする気はないのと尋ねると、ハンションは、「いま戻ると、世帯収入が北京で得ている水準の5分の1ぐらいになってしまいます。若いうちは、右肩上がりで収入を増やしたいと夢見るものでしょ? それが逆に減るなんて、ちょっとつまらないですよね」。
さて、父親が故郷で仕事を得て生き生きと働いている様を見た息子のシュンは、経験のある美容師の腕を生かして店を出そうかと考えた。ただ、実際に故郷でいくつか店舗を見たり、美容業界の事情を調べたりした結果、「当面は無理だ」と断念した。「話を聞いたら、ボクがやろうとしている店のクラスだと、カット料金は5元(85円)だっていうんだ。いくら家賃が安いとは言え、露店じゃないんだから、その料金じゃ、毎月手元に残るお金はやっぱり工場で働くのと同じ2000元ぐらいにしかならないよ」。ただ、今年に入って上海では郊外の家賃が急騰、倍の家賃を提示されたシュンも家探しに奔走した。「やはり田舎に帰ってみようか」。上海の不安定な生活に不安を覚えはじめているシュンの考えは、毎日のように揺れ動いている。
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