背景には、農民や出稼ぎのように日に当たらずとも稼げる人間の方が文化的、文明的だという思想があり、そのようなものに対するあこがれがある。そして、あまり痩せぎすよりは、むしろ太っている男の方が人気がある。これも、太っているのはたっぷり食えていることを象徴するものだというイメージから来ている。引き締まった色黒のEXILE系と、色白の小太りのどちらが好まれるかと言えば、中国では断然、小太り色白派なのである。だから、林丹選手の容姿は本来、中国人の好む男の容姿ではない。ただ、バドミントンという国民的スポーツの英雄だったためにこれまでは容姿を茶化す声が聞こえなかったが、不倫問題で重しが外れると、大衆の本音が一気に吹き出したというところなのだろう。

 国や地域によって好まれるタイプが違うのは当然。不倫で批判を浴びるのも仕方がない。しかし、EXILEやスポーツ選手の不倫の話をしていたはずが、それはあくまでダシに過ぎず、いつの間にか、「豊かな色白=都会人」が、「貧しい色黒=民工・貧困層」をバカにするという話にすり替わってしまう。そこに、中国に横たわる断層の深さを垣間見るのである。

 豊かな都会人と民工・貧困層との関係で、いつのまにか話がすり替わっているということについて、私がもう1つ気になっていることがある。民工夫婦を取り巻く厳しい環境に同情を寄せるふりを装いつつ、その実、内容は官能小説に限りなく近いメディアやブログの記事の存在である。

硬派記事を装った官能小説

 民工には、自宅のある地元で子供を学校に通わせるため、夫が1人で都会に出稼ぎに行き、子供の面倒を見るため妻は自宅に残るというケースがある。家族が集まるのは春節(旧正月)の年に1度だけ、という離ればなれの生活を10年、20年と続けているという人たちも少なくない。これら婦女子のことを「留守児童」「留守婦女」と呼ぶ。中国民生部によると、夫と離ればなれで留守を守る妻は全国に4700万人いるという。離ればなれで暮らすと言うことは、若くて健康な夫婦であれば当然の性生活の機会も極めて限られるということ。さらに男手のない婦女子だけの生活による不安感から、肉体的、精神的なバランスを崩す妻も少なくない。

 一方で、再開発に伴う建築工事や、宅配便の配送員、共働き家庭の家政婦等々、都会人の生活を支える仕事の多くは、民工が低賃金で働くことで担ってきた。こうした不公平の是正に政府も動き出してはいて、留守を守る婦女に手当を出したり、地元で仕事を紹介したりして、家族全体の収入を底上げするよう努めている。ただ、離ればなれの生活を強いられていた夫婦が一緒に暮らせるようになったというケースが目立って増えたということにはなっていない。

 こうした中、メディアやブログでも留守児童、留守婦女の問題を取り上げる記事が少なくない。ただ、これら記事の中には、冒頭に留守婦女の統計などを書くことで真面目な記事と思わせ、その実、読み進めていくと、夫と離れて暮らす留守婦女が不倫に陥ったり、自慰にふけったりする様を興味本位で、あるものは小説仕立てで、あるものはドキュメンタリー風にきわどい描写をちりばめつつ書いているものが多々ある。これら記事の書き込みも、読むに堪えないような下卑たもののオンパレードである。ポルノが禁じられている中国で、社会問題を扱う体裁をまとった「許されるポルノ」とでもいうべき歪んだ存在だ。

 過酷な労働の証である色黒を嗤われた民工は、自らが抱える深刻な問題を、ポルノまがいの記事に仕立てられ、面白おかしく消費され、また1つ、鬱憤をため込むのである。