上海の郊外では今年に入って、シュンやチョウさん同様、降ってわいたような家賃値上げや取り壊しにより、突然、生活設計の見直しを迫られる地方出身者が続出している。チョウさんの娘が通っていた幼稚園では、春節明けに、園児の数が休み前の3分の1にまで減ったというから驚く。その保育園に通っていた園児はほぼ全員がチョウさんと同じような境遇の地方出身者の親を持つ子供たちだった。「『このあたりに皆さんの住むところがなくなってしまったら、ウチが潰れるのも時間の問題ですね』と先生は青ざめていた」とチョウさんは話す。

 いったい、彼らはどこに消えたのか。チョウさんに話を聞くと、今までと同じ水準の家賃を求めて上海のさらに郊外に移った人たちが半分。これを機に、上海を離れることを決断し、とりあえず故郷に帰って様子を見てみようという人たちが半分なのだという。ただ、さらに郊外に移った人の中には、通勤があまりに遠くなったため仕事を辞め、新居の近くで職探しをしている人も少なくないという。「つまり」とチョウさんは言う。「仕事にやりがいを求めることなど、もう無理になった、ということです。住むところを確保するだけで精一杯なのだから」

地方出身者を追い出しにかかった上海

 さて、立ち退きを迫られたシュンとチョウさんはどのような選択をしたのか。シュンは少し郊外にかつてと同じ家賃の部屋を見つけて転居した。シュン夫婦はまだ20代だから、都心部に移ってきて、ショップスタッフやビルの管理人、清掃の仕事を探すという選択肢もなくはない。例えば私の自宅周囲の賃貸アパートは、家賃は2年前から横ばいで推移していて、郊外のような急騰は見せていない。夫婦であればなんとかやっていけなくはないが、それでも、シュン1人分の給料かそれ以上が家賃で消えてしまうだろう。「世帯収入の半分から3分の2を家賃が占めるという暮らしは、無理が大きすぎて怖くてできない」(シュン)。

 そしてシングルマザーのチョウさんは、娘と、娘の面倒を見ていた母親を実家に帰し、自分は1人上海に残り家政婦を続けるという決断をした。「1人の稼ぎで3人を養う暮らしはもう上海ではできない。かといって、田舎は給料が都会よりもかなり安いので、1人では子供を大学にやるお金を貯められない」からだ。幸い、今まで住んでいた所からそれほど離れていない場所に、やはり既に取り壊しが決まっている部屋を見つけた。家賃は去年までと同じ500元だが、ベッドを3台置ける寝室に、シェアメイトと共有のリビングまであった今までの家に比べ、今度のアパートはシングルベッドをなんとか1つ置ける程度になった。

 上海ディズニーランド開園の年に上海の郊外で始まった地方出身者の大移動。転居を余儀なくされた彼らの一部が、故郷に帰ることを検討しているのだということを聞いて頭に浮かんだのは、中国当局が近年、中国版新幹線こと高速鉄道網の整備を急ピッチで進めてきたことである。チョウさんとシュンの故郷にも昨夏、高速鉄道が開通した。ただ、開通からほどなく、まるでタイミングを計ったように上海の住まいの立ち退きを迫られ、仕事の減少や失業に悩み右往左往し始めたチョウさんとシュンの姿を目の当たりにした私の耳には、「上海に皆さんの居場所はありません。もう皆さんの役目は終わったんです。ご苦労様でした。でもほら、新幹線を通して田舎に帰るお膳立てはしました。あとは故郷で頑張ってくださいね」と彼らを突き放す声がどこからか聞こえたような気がしてならない。当局の目論見通り、高速鉄道は地方出身者の新しい生活の助けになっているのか。次回は高速鉄道開通後の農村部の現状を取り上げる。