シュンの親の世代、すなわち1960年代半ばから70年代半ば頃までに生まれた農民工の第一世代が故郷を離れ、北京、広州、上海など都会へと出始めたのは1990年前後のこと。そして2005年頃からは、チョウさんやシュンなど第2世代の農民工が、上海に集まるようになる。万博やディズニーランドの生み出す需要が彼らを上海に引きつけ、彼らの夢を支えていた。

 ところが2015年になると、こうした動きに変調が見え始める。中国経済の減速に上海都心部の再開発が一服したことが重なったことで、建築現場で肉体労働に従事していた農民工の友人から「最近仕事が減ってヒマだ」という愚痴を聞くことが増え始めた。また、再開発が減り始めたことで、取り壊しの現場から出る廃材や廃品を集めて生計を立てていた農民工たちも、回収すべき品物が激減、商売替えを迫られたり、新しい仕事が見つからずに生計が立てられなくなり、上海を離れる人が激増した。さらに年末が近づくと、家政婦らの口から仕事が減ったという悲鳴が聞こえ始めた。

急騰する郊外の家賃

 そんな時である。シュンから「借りているアパートの契約更新で、倍の家賃を提示され、『払えないなら出て行け』と言われて困っている」と聞かされたのは。しかも家賃の値上げ提示と前後して、会社が突然解散し、無職になってしまったというのである。

 彼が住んでいるのは、上海郊外の浦東空港にほど近いエリア。築2年とまだ新しい5階建てのアパートだが、交通が不便なこともあり2DKで700元(約1万2000円)と、都心部では億ションも珍しくない上海では破格の家賃だ。大家から新たに提示された家賃は1400元(約2万4000円)で、これでもなお、上海中心部の相場からすればあり得ない破格値ではある。ただ、改めて言うまでもないことだが、人は自分の所得水準に合わせて生活設計をする。いきなり家賃が倍になって、あわてるなという方が無理というもの。同時に失業したというのだからなおさらである。

 シュンが働いていた倉庫会社は、浦東空港の税関から委託を受け、シュンと同じように地方から出てきた中卒、高卒の若者ばかりを集め、人海戦術で伝票と荷物の中身を照らし合わせる仕事をしていた。ところが近年の人件費の高騰で検品も自動化が進んでいて、相変わらず人手に頼って仕事を進めていた彼の会社は、効率が悪いことを理由に仕事が減っていたのだという。そこで彼の会社の経営者は、高い初期費用をかけて自動化を進めるよりも、儲けた金が手元に残っているうちに会社をたたむことを決めたのだという。

園児集団消滅の衝撃

 一方、家政婦のチョウさんも今年1月、2月の春節明けから家賃をそれまでの500元(約8500円)から700元(約1万2000円)に値上げすると通告されていた。家に稼ぎ手が一人しかいないチョウさんにとって、いきなりの4割アップは痛い。ただ、経済成長が鈍化したとは言え、2015年もなお6.9%成長を遂げた中国にあって、家賃が上がるのは仕方ないと、チョウさんは値上げを受け入れた。それが一転、春節明けに立ち退きを迫られたのは、アパートの取り壊し工事が決まったためである。そのアパートは、3年前に再開発による取り壊しが決まり、それまで住んでいた住人は補償金を得て立ち退いたのだが、取り壊しを受注した建設会社の社長が、工事が始まるまでの期間、違法に貸し出していたのだ。住人のほとんどはチョウさんと同じような境遇にある地方出身者だ。