彼らというのは、地方から上海に出てきて働いている農村出身の人たちのことだ。彼らは長らく「農民工」という言葉でひとくくりにされてきたが、農民工も2世代目、3世代目に入り、2世代目以降では大学を卒業し、都会の企業でいわゆるホワイトカラーとして働くというケースも珍しくなくなってきた。ただ、いまでもなお、本来の農民工の仕事、すなわち「改革開放」から高度成長に入った1980~90年代の中国で、人手不足にありながら都会では「キツい・汚い・危険」だとして人手不足にあった工事現場の肉体労働や倉庫での軽作業、工場のライン工、サービス業での接客、富裕層や上位中間層宅での家政婦をしている人たちのほうが、割合としては圧倒的に多い。

 家政婦をしながらシングルマザーとして一人娘を育てているチョウさんは、昔ながらの農民工が担う仕事に一貫して従事してきた。故郷の安徽省で製造業の専門学校を卒業し、二十歳になった2001年、深センの電子機器組み立て工場のライン工として社会人生活をスタート。2004年上海に移り香港料理店のウエートレス、スーパーやコンビニで使う陳列棚のセールス、再び電子機器の組み立て工場と転々とし、昨年から家政婦として働き始めた。今月4歳になる娘は陳列棚のセールスをしているときに産んだ。裁判の末、娘の父親からは養育費として毎月1200元(約2万円)を受け取っている。

 家政婦をし始めたのは、安徽省の実家から上海に出てきて孫の面倒を見ていてくれたチョウさんの母が昨年、利き腕の右腕の腱を切る大けがをし、孫の面倒はおろか自分自身の用を足すにも事欠くようになってしまったことで、「夜勤専門で夜8時から翌朝8時まで拘束される工場よりも、時間的に自由が利く家政婦の方が、子育てや家事をする上で都合がよかったから」とチョウさん自身は説明する。それも事実ではあるが、35歳を過ぎると途端に職探しが難しくなりウエートレスやアパレルでも門前払いをされるようになる中国で、事務仕事の経験もないチョウさんは、工場のライン工を選ばないのであれば、あとは家政婦かビルの清掃をするしか選択肢がないというのが実情でもある。

仕事が減り始めた

 その家政婦の仕事が、上海では昨秋あたりから減り始めている。これについては、このコラムで今年の2月、「家政婦は見た! 中国経済の異変」で書いたので、ここで詳しく繰り返すことは避ける。かいつまむと、2015年は春先から上海市場の株価暴落など中国経済の減速がさらに鮮明になった1年だったが、昨秋以降、それまで食事と掃除を家政婦に頼んでいた家庭であれば食事のみ、掃除だけ頼んでいた家庭であれば家政婦に家事を頼まなくなるといった現象が表面化し始めたのだ。株価の暴落や経済成長率の減速という経済の指標が、実体経済にも影響し始めたというわけである。

 チョウさんも昨年の11月、それまで2軒あった顧客が1軒に減り、新しい年はどうなるのだろうと不安に思っていた矢先、今度は家の追い立てに遭ったのである。

 追い立てを食ったというチョウさんの報告を受けた私が、「彼らの間で何かが起きている」と確信したのには理由がある。ここ2~3カ月の間に、チョウさん以外にも上海で単純労働に従事する地方出身者から、「倍の家賃を提示されて困っている」「アパートを追い出されそうになっている」「仕事を解雇された」という話を聞くことが増え始めていたからだ。