そこまでしたにもかかわらず、私のやることなすことが微妙にタイミングを外してしまうのか、ことあるごとに周囲の乗客から睨まれてしまうのには困惑を通り越して閉口した。
この位置ならいったん降りなくても周囲の人に影響は出ないだろうと判断してじっとしていると、「とにかくのこエリアにいる人間は全員降りるんだよ! おまえの判断は要らないんだ!」とばかりにあからさまに私に体をぶつけながら降りてゆく人。体の前で手に提げた荷物が足やお尻に当たっていたのか、「手に持っても他人に当たるときは網棚に乗せてよね!」とでも言うように、降りざまに私を振り向きキッと睨みつける若い女性。エスカレーターでは、高齢者の後ろについたので右側で立ち止まろうとすると、肩越しに聞こえる「チッ」という舌打ち。
このような具合にほぼ連日、誰かしらに睨まれ、舌打ちをされた。そして、「ボクはあなたの親のカタキではありませんよ」と言いたいぐらい、彼ら彼女らの目は、憎々しげに私を睨んでいた。日本では最近、マスクをしている人がとにかく多いので、感情を集中させた目だけが覗く彼らの表情は、ゾッとするほどに怖かった。「みなさん、私はもう、十分に気を遣っています。これ以上、私は一体どうしたらいいのですか」とひとりひとりに尋ねて回りたいぐらいだった。
ところがである。ある朝、憎悪のこもった目にまた睨まれていた私は、あることに気付いたのである。
「あれ、この目。上海の地下鉄や町中で、マナーが悪いと中国人を睨みつけているオレの目とそっくりじゃないか」、と。
「~ねばならぬ」に厳格すぎる日本人

もちろん、自分の顔を自分で見れるわけはないので、上海の地下鉄でいちいち腹を立てている自分は、たぶん東横線のこの彼らと同じぐらい怖い顔をしてるんだろうなという想像なのだが。
中国の地下鉄やバスに乗る際のマナーといえば長らく、降りる客などお構いなしにどどっと乗り込むのが普通だった。しかし、「先下後上」(降りるのが先、乗るのは後)を周知徹底した結果、近年は客観的に見て、少なくとも上海の地下鉄は、激怒しなければならないほどマナーが悪いわけではない。路線により多少の濃淡はあるのだが、どのドアにも1人か2人は必ず、降りる客を完全に無視してドアが開くと同時に乗る人がいる、という程度。その他の人たちは、乗客が降り終わるか終わらないかの時点で乗り込んでくる、という具合だ。
ところが、上海にいるときの私は、ドアが開くと同時に、完全ルール無視の人に腹を立てるのはもとより、その他大半の人についても腹を立てている。つまり、「ルールを完璧に守ろうとしない態度」に、腹を立ててしまうのだと思う。
ただ、ふと我に返って観察すると、その場で怒りに顔をゆがめているのは私ただ1人。表情に出してまで不快そうな中国人は誰もいない。そして、上海では中国人に対してルールの適用を厳格に求めるこの私が、いったん日本に帰ってくると、「ルールの守り方が甘いんだよ」、とばかり、ことあるごとに睨みつけられてしまうのだ。こうなると、日本人は、こうしなければならない、ああしなければならない、というルールの適用をあまりにも厳格に求めすぎるということなのだろうと私は思い至ったのである。そして、日本人は細かいことに目くじらを立てすぎて、かえってストレスをためているところがあるのだろうなとも。
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