山田:話は戻りますが、私が上海の街で日々生活している中だと、中国はちょっと不安定な要素が出てきていると感じているのですが、ただ中国の長い流れの中でいえば、今ほど安定している時期はないんじゃないかということですよね。

内田:過去100年を見ると、今は相対的には安定期なんじゃないですか。一番安定していますよね。アヘン戦争から振り返ると、200年近く政治的不安定が続いてきたわけですからね。文化大革命、天安門事件を思えば、今は歴史的な安定期と言っていいんじゃないですか。

山田:それほどの心配は、中国についてはないということでしょうか。

内田:いや、心配はありますよ。一寸先は闇ですから。でも、昔と比べたら、政治的には安定していると言っていいんじゃないですか。10年ぐらいは続くと思いますよ。10年以上先になるとちょっと分からないけど。

山田:10年ぐらいのスパンですよね。分かるのはね。

 それと、その国を語るときは、さっき小役人になって、アイデアを出せと言われる立場になって考えた方がいいとおっしゃったじゃないですか。今だと、先を見据えて中国に対して何かアイデアを出せと言われたら何を出されますか。

貧しい平民でも党官僚になれるという道筋を

内田:やっぱり問題は情報遮断ですね。どうやって情報を開放していくか。とにかくネットで世界中がつながっている時代に、ここだけ情報鎖国にするのは不可能ですから。

 情報は開きたいが、中国共産党の一党独裁体制ということだけは譲れない。ということは、民主主義は国民の安寧ということの前提ではないんだということをイデオロギーとして確立しないといけない。

 現に、民主主義国家から独裁制になった国がある。かつての日本もそうですし、ドイツもそうですし、イタリアもそうですし、フランスもそうです。民主主義というのは必ずしも国民の安寧を担保しないということについては歴史に前例がある。ですから中国の指導部は賢者による独裁の方が愚者の民主制よりもよいものだということを正当化するために一生懸命理屈をこねてゆくんじゃないですか。

 現に、隣には民主主義国だけれど、国力が衰微している日本という実例があるわけで、それよりはうちの方がずっと栄えているじゃないかという、そういうロジックを立ててくると思いますよ。ハードパワーで抑え込むんじゃなくて、国民自身が「共産党の一党独裁でもいいんじゃないか」と自発的に思うようにする。共産党批判さえしなければ、それ以外の市民的自由は保証する、そういうふうにしてくると思います。

 そのためにはどうしたらいいのか。最大の問題は、やっぱり党官僚の貴族化と腐敗でしょうね。その弊害を排除するために、習近平が腐敗摘発をやっていますよね。だから結局、最終的に「やっぱり独裁制はダメだ」という市民運動が起きるかどうかは特権階級が形成されて、それが利己的にふるまうことへの嫌悪感がどれくらいのレベルまで高まるかということでしょうね。階層格差や特権が目をつぶれる程度に収まるのか、もう我慢ならないというところまで社会的公正が歪められるのか。その判断を下すのは中国の市民たち自身だと思います。

 権力、財貨、文化資本が共産党独裁制が作り出した「貴族階級」に排他的に集中しても、経済成長が続く限りは、そのアンフェアは前景化しません。人間は自分の「パイの取り分」が増えている限りは、他の人間がもっと増えていても文句は言わない。でも、自分のパイが縮み出すと、とたんに分配のアンフェアが気になってくる。中国政府が経済成長にあれほど必死になっている最大の理由は、経済成長が停止した時に「分配の不公平」についての国民的な怒りにいきなり火が点くリスクがあるからです。

 だから、世襲の党官僚とその縁故者たちによる寡頭政治にならないように、優秀な人たちを登用していって、能力主義が機能しているように国民たちに信じさせる必要がある。

山田:できるでしょうか。

内田:分からないです。でも、特権階級以外の階層から優秀な人たちをどんどん吸い上げていく仕組みは絶対に必要です。昔は科挙という仕組みがあったわけですから、能力主義的な官僚登用制度が必要だということについての国民的合意は伝統的にあると思うんです。ですから、現代における科挙制度に類したものを整備できるかどうかですね。

山田:そうですね。

内田:能力さえあれば、貧しい平民でも党官僚になれるという道筋を制度的に担保するということです。たぶん今の中国のテクノクラートたちは国中から優秀な人材を集めて、能力主義でキャリアパスが開ける仕組みを設計していると思いますよ。