山田:「大学の株式会社化」みたいなことを先生はおっしゃっていますけれど、それが本当にひどいんですか。

内田:ものすごいですね。ひどいです。株式会社化というのかな。僕は医療系の大学の理事もやっているんですけれど、日本の行政が大学に何をさせたいのか、全然わかりませんね。とにかく管理したがる。細かなルールを決めて大学の手足を縛る。助成金は減らす。タスクは増やす。大学の活力や創発力を奪うことに、どうしてこんなに日本の官僚たちは熱心なんでしょうね。不思議です。

山田:それはいつごろからですか

内田:1990年代からですね。大学の場合は、1991年に設置基準の大綱化というのがあり、市場原理を導入したわけです。それまで大学というのは非常に認可が厳しくて、その代わり1回認可した大学に関しては国がとことん面倒を見るという「護送船団方式」だったわけですけれど、大綱化で文科省はそれを放棄する。もうこれからは大学ごとに好きにやって構わない、カリキュラムを好きにつくって構わない、その代わり、市場に選ばれなくて、志願者が集まらず、卒業生が就職できなくて潰れても文科省はもう責任を負わないという。

山田:「自己責任」というわけですね。

「格付け」が大学をダメにした

山田 泰司氏
山田 泰司氏

内田:そうです。僕はそのとき大学の教師になったばっかりでしたので、市場原理に丸投げするというのはいい判断だと思ったんです。箸の上げ下ろしまで文科省があれこれ言うのを止めて、大学がフリーハンドで好きなようにやらせてもらって、自分たちがやりたい教育をして、それで評価された大学が生き残り、評価されなかった大学が淘汰されるというのは合理的なやり方だろうと思ったんです。

 でも、大学にフリーハンドを与え、開学の条件を緩和したせいで、参入するものが増えて、18歳人口は急減するというのに、大学だけがどんどん増えるという奇妙な事態になってきた。教育行政というのは明治以来「国民の就学機会の増大」が使命でした。学校を増やして、教育研究の質を上げることを本務としてやっていればよかった。だから人口減で「学校が要らなくなる」という局面でどういうふうにふるまえばいいのかがわからなかった。増やすロジックは知っていたけれど、「減らすロジック」を持っていなかった。だから、「市場に丸投げ」という解しか思いつかなかった。「市場は間違えない」というのは資本主義市場経済の基本原理ですから。でも、その時文科省は学校教育はどうあるべきかについての判断を市場に委ねることで、放棄したわけです。

 でも学校教育についての責任を市場に丸投げしたら、市場の方から「学校教育はこうあるべきだ」という注文が入った。大学の場合、市場は二つあった。一つは志願者とその保護者たち、もう一つは卒業生を採用する産業界です。志願者側には教育研究の内容については特段の注文なんかありません。「そちらの学校を卒業したら一生食えますか?」ということを知りたいだけです。ですから、実質的には卒業生を採用する産業界が「大学教育はいかにあるべきか」についての決定権を持つことになった。自分たちが欲しい人材を送り出せ。そういう大学だけが生き残り、産業界に不要無用の人材を出す教育機関には存在理由がない、そういうことを公言する人たちがぞろぞろ出て来たのです。

 そして、産業界の要請に全面的に屈服するかたちで「グローバル人材」なるものが教育機関の目標になった。「英語が話せて、安い賃金で死ぬほど働いて、どんな理不尽な業務命令にも反抗せず、辞令一つで翌日から海外に赴任できて、雇用調整で簡単に首にできる労働者」を大量に備給する大学だけが生き残り、それ以外の大学は要らない、と。

 大学はそうやって「企業が使いやすい人材を輩出できる機関かそうでないか」を基準にして格付けされ、格付けの高い大学に限られた教育資源が優先配分され、格付けの低い大学は冷や飯を食わされることになった。

 大学をダメにしたのは何よりも「格付け」です。格付けするためにはすべてのプレーヤーが「同じこと」をやっていないと差別化できない。グローバル化というのは、産業界からの要請ですけれど、それを大学に数値的に表示することが求められた。受け入れ留学生数、派遣留学生数、海外の提携校数、英語で開講されているクラス数、外国人教員数、TOEICの平均スコアなどなどすべて数値で表示できます。それぞれの数値に指数を乗じるとすべての大学の「グローバル化度」が一覧的に表示できる。

 文科省は設置基準大綱化の時点では「大学の良否は市場に決めてもらう」ということで大学にかなりの程度まで教育内容のフリーハンドを与えたのですが、実際に起きたのは「市場」を名乗る産業界からの「有用な人材」を大量生産しろという要請に教育機関が全面的に屈服するという事態でした。その結果、21世紀に入って、日本の大学は先進国で唯一人口当たりの論文数が減り続けて、学術的発信力が劣化し続ける国になってしまったのです。

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