「爆買い」の次の日本の魅力

山田:2005年にこの『街場の中国論』に掲載されている講義が始まったのと同じ時期に反日デモがありました。それに参加していたのが、農民工などの低所得者層じゃなく中産階級の人なんだというところに、内田さんがちょっと驚いていらっしゃいました。当時でも中国の中産階級というのは衣食住が足りているわけで、そこに不満があるわけでもない。じゃあ、どこに不満があるのかというのははっきりは分からないけれども、今後中国が10年、15年、20年やっていく上で、健全な中産階級がちゃんと育っていくかというのは注意して見ていかなければいけないということをおっしゃっています。

 それから10年以上がたっています。爆買いの中国人観光客、あの人たちは最初は富裕層でしたけれども、今は中産階級が来ていますよね。ということで、今は中国の中産階級の人たちを日本で見る機会が多くなってきました。中国の中産階級ということでいえば、どう感じていらっしゃいますか。

内田:中国の人たちが大勢日本に来はじめたときは、観光地やスキー場などで見たときに結構驚きました。お金持ちなので。着ているウエアとか、すごく高いものを着ている。後何というのかな、いかにも人を使い慣れているというか、従業員をあごで使うみたいな感じの、「威張り慣れている人」という感じがしたんです。だから、ああそういう党官僚の子弟とか、そういう特権階級の人が来ているだろうなと思っていたんです。

 それが、だんだん変わって来て、普通の人が来るようになった。日本にやって来るインバウンド・ツーリストの所得層が下がってきた。そして、所得層が下がって、日本が「来やすい国」になったことで、一気に人が増えた。

 最初のころにやって来た「態度の大きい中国人」に比べると、近年日本に来ている「爆買い」以降の中国の人たちの方が、何となく感じがいいように思いますね。人を見下すような態度も取らないし、札びら切るという感じもしないし。ふつうに面白がって日本に来ている。心斎橋に来て、グリコのネオンとかスマホで撮っている。それの何が楽しいのか分からないけれども、日本の文化に興味があって来ているというのは、いいことですよ。

山田:日本に興味を持っているんですよね。

内田:そうです。観光地に来たり、神社仏閣を訪ねたり、温泉に入ってみたり、浴衣を着てみたり。そういう日本の固有の文化に興味があって来ているのなら、歓迎すべきだと思います。

 僕は韓国に毎年講演旅行に行っているんですけれども、韓国に行って一番ショックだったのは古い建物がまったく残されていないことでした。最初にソウルに行ったときに、呼んでくれた人が「どこか観光したいところがありますか」と聞くので、うっかり「古い街区とか李氏朝鮮時代の建物とかあったら見たいです」と言ったらすごくがっかりされました。「ソウルにはそんなものはありません」と言うんです。ソウルは朝鮮戦争中に二度丸焼けにされましたから。だから、何もないんです。市内に残っているお寺とか宮殿とかいうのも、たいていは鉄筋コンクリートにペンキを塗ったレプリカなんです。それは地方に行っても同じで、木造の神社仏閣なんてほとんど残ってないんです。砲火で焼けただけではなく、自分たちで焼いてしまったんです。山奥のお寺にも北のスパイが潜んでいるという風評が流れて、自分たちで焼き払ってしまったんだそうです。

 たぶん中国の場合もそれと似ていて、長く日本と戦争していましたし、その後内戦があり、文化大革命がありましたから、伝統的な建物や習俗はあらかた破壊されてしまったんでしょう。ちょっと角を曲がると、現代から取り残されたようなたたずまいの風情のある町家が並んでいるというような風景は中国にはもうないんじゃないでしょうか。だから、そういうものが時々見たくなるという気持ちは分かります。

 もちろんヨーロッパに行けば、いくらでも古い町並みは見られますけれども、中国人が見たいのはヨーロッパの古い町並みじゃなくて、アジアの古い町並みなのではないかなと思うんですよね。京都は長安や洛陽とかをモデルにして造っているわけだから、中国人が見たときにも「あ、古いアジアがここにある」って感じるんじゃないですかね。

山田:ノスタルジーを感じるんですね。

内田:そういうものを見に来ているんじゃないかな。

山田:いい方向にいっているのではないでしょうか、わりと。

内田:中国の古いものは日本にいろいろ残っているんですよね。例えば仏教がそうでしょう。禅はもちろん中国で発祥したわけだけれども、中国にはもう残ってない。でも、日本には中国発祥の禅宗文化が手つかずで残っている。

山田:なるほど。そうすると中国の方はそういうようなことで、日本に対する興味がある。若い人なんかでもそうだと。

まずは会員登録(無料)

有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。

※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。