内田:紀元前から中華皇帝は何十万人という軍隊を西に送っていますね。漢代から張騫、李陵、霍去病、衛青といった人たちが西へ西へと向かっていく。何十万という騎馬軍が草原を疾駆する英雄的なイメージというのはおそらく中国人のDNAに刷り込まれているんだと思います。

 アメリカも西漸志向ですけれど、もう西に向かう意欲はなくして、トランプは「リトリート」に入っている。ロシアも伝統的な南下政策があって、ウクライナやクリミアに攻め入りましたけれども、ロシアの南下政策には地政学はあるけれど、ロマンがない。ロシアの冒険主義には他国の共感を引き出す要素がない。

 でも、一帯一路構想への世界の参加を見ていると、ヴィジョンへの共感があります。たまにはこういうスケールの大きい話を聞きたいという共感がある。そのような広々としたビジョンを提示できたという点で中国は世界の大国の中で一歩リードしたと思います。

当事者になってその国を考える

山田 泰司
山田 泰司

山田:私は一帯一路は、ビジョンということではなく、スローガンだと思ったんですね。国内を一つにまとめるための北極星。対外的なビジョンというよりは国内向けのスローガンの意味合いの方が大きいんじゃないかと思っていたんですけれども。

 あとは実際にはもう自分の国内だけでは収容しきれないから、じゃあ、アフリカに行って働いてくださいという。

内田:アフリカはそうですか。

山田:ええ。実際に農民工の人たちがアフリカに行って建設現場で働いているみたいなのが結構ありますし。

内田:一帯一路の終点はアフリカまでは行かないですね。行ってもチンギス・ハーンの遠征の終点までしょう。海上シルクロード構想の方は東アフリカが終点らしいですけれど。

 僕は基本的に他国の政治を考えるときには、日本人としてではなくて、その国の外務省の下っ端役人の視点になってみるようにしているんです。上司から「どうしたらいいんだ」というふうにご下問があったときに、一生懸命考えて、「こうしたらどうですか」とレポートを出す、そういう小役人になったつもりで考えます。

山田:本にもお書きになっていますね。

内田:どの国の政治について考える場合でも、一番いいのは当事者になってみて、一緒に「困ること」だと思うんです。どの国もそれぞれの問題を抱えているわけで、その解決策を探している。さすがに習近平になったつもりで考えるのは不可能なので、例えば習近平から「農民工の問題をどうしたらいいかアイディアがあったら出せ」と指示を受けた部長から、「お前、何かアイディア出せ」と言われて徹夜でレポート書かされた小役人の立場になって考えてみる。そういう視点で考えてみると、その国が何に困っていて、どういうソリューションに惹かれるのかが何となく分かってくる。

 取りあえず日本人としての自分の好き嫌いや損得は脇に置いて、ある国のシステムを何とか補修して、使い延ばさなければいけないという場合に、インサイダーは具体的にはどういうことを考えるのかを想像してみる。そうやって「親身になって」考えると、外から見ると理不尽に見えたり、無意味に見えたりする他国の政治的選択がそれなりに合理性があることが分かってくる。

 一帯一路に関していえば、さっきお話ししたように西漸というコスモロジカルなアイデアは中国人のDNAには刷り込まれていると僕は思っています。アフリカへ行くというのだって突然出てきたわけではない。明代に、鄭和(テイワ)の艦隊が大船団を組んで、七次の航海をしていて、アラビア半島やアフリカ東海岸まで行っています。この時期の中国は、乗員2万7000人という数十隻の大船団を組んで遠洋航海をするだけの科学技術を持っていたわけです。その半世紀後にクリストファー・コロンブスは2隻、乗員90人で大西洋を西へ向かった。2万7000人対90人という数字を見れば、航海のスケールの差が分かります。

 だから、21世紀の海上シルクロード構想と一帯一路というのは、中国の昔の「ストーリー」をなぞっているんですよ。一帯一路は張騫や李陵のたどったコースで、海上シルクロード構想は鄭和のたどったコースなんです。僕はすぐにそれに気づきました。指南力のある構想というのは、自分たちの国の物語から滋養を引き出すものなんです。

 僕が開催している凱風館の寺子屋ゼミで、この前、「中国の海洋進出」というテーマで発表した人がいました。発表者が「これから東シナ海、南シナ海に中国が軍事進出するんじゃないでしょうか」という懸念を語ったので、僕はそれはたぶんないと思うと言ったんです。「何でないと思うんですか」と言うから、中国にそういう「ストーリー」がないからとお答えしました。地政学的には東進にも利益があるかも知れないけれど、中国人はコスモロジカルには西へ向かう趨向性があって、東には向かわない。

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