内田:世界標準と中国の国内標準をなるべく近づけようとしている。少なくとも外から見たときには、それほど齟齬がないように見せようとしている。中国は特殊な閉じられた国ではなくて、割と普通の国なんですよということを何とかして国際社会に向かってアピールしようとしている。そういう気づかいを感じます。確かにそうじゃないと国際社会におけるリーダーシップが執れませんから。軍事大国であっても、経済大国であっても、それと国際的なリーダーシップは別のものです。

 今の中国の人口はたぶん実質14億人ぐらいですけれど、14億人というのは19世紀末の世界の人口なんです。19世紀末の全世界を単独の政体で支配することを考えたら、中国の統治者の心労は想像できると思うんです。そんな統治の経験がある国なんか、歴史上一つもないわけですから、習近平は本当に手探りだと思いますよ。

 とりあえず、国内に関してはハードパワーを強めていって、しっかりグリップするということ、これが第一。もう一つはとにかく他国とトラブルを起こさず、国際社会と協調できる国だという印象を与えること。国内は多少強権的でも、とにかく統治する。他国とはある程度友好的な関係を築いておいて、国際社会の中でリーダーとしてしだいに認知される。つまり、「話の分かる大国」という評価と「あの政府には逆らったらいかん。何されるかわからんから」という評価の両方を同時に追求しているように見えます。それを今のところ習近平は、なかなか巧妙にやっているという感じがします。

山田:最近、日本の報道も少し変わってきたかなというのは思います。けれども習近平も2期目に入っていよいよ締め付けを強め始めて独裁に向かっているんじゃないかみたいな形で、ともかく強面の面ばかりが強調されて出てくることがほとんどだと思うんです。

ビジョンを提示できているのは中国だけ

<span class="fontBold">内田 樹</span>(うちだ・たつる)<br />1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。神戸女学院大学文学部助教授・教授を経て2011年に退職。現在、神戸女学院大学名誉教授。京都精華大学客員教授。昭和大学理事。神戸市内で武道と哲学のための私塾「凱風館」を主宰。合気道七段。執筆活動全般について第三回伊丹十三賞を受賞。 主な著書に『<a href="http://amzn.to/2BD0x1u" target="_blank">ローカリズム宣言</a>』(デコ)、  『<a href="http://amzn.to/2nqcnHt" target="_blank">街場の天皇論</a>』(東洋経済新報社)、 『<a href="http://amzn.to/2DZlklc" target="_blank">アジア辺境論 これが日本の生きる道</a>』(集英社)、 『<a href="http://amzn.to/2DY5Ttr" target="_blank">増補版 街場の中国論</a>』(ミシマ社)など。
内田 樹(うちだ・たつる)
1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。神戸女学院大学文学部助教授・教授を経て2011年に退職。現在、神戸女学院大学名誉教授。京都精華大学客員教授。昭和大学理事。神戸市内で武道と哲学のための私塾「凱風館」を主宰。合気道七段。執筆活動全般について第三回伊丹十三賞を受賞。 主な著書に『ローカリズム宣言』(デコ)、 『街場の天皇論』(東洋経済新報社)、 『アジア辺境論 これが日本の生きる道』(集英社)、 『増補版 街場の中国論』(ミシマ社)など。

内田:それほどシンプルじゃないと思いますよ。「話がわかる政治家」と「話がわからない政治家」という二つの顔を同時に作って、その氷炭相いれざる政治目標を同時に追求しているわけですから。そのさじ加減には絶妙なバランス感覚が要求されるわけで、この困難なタスクを習近平はかなりうまくこなしていると思いますね。

 プーチンに比べるとかなり成熟した政治手法だと思います。プーチンの方が圧倒的に強権的ですからね。僕は『フォーリン・アフェアーズ・レポート』(米外交問題評議会が発行する国際政治経済ジャーナル)を定期購読しているんですけれど、その論調を見ると、アメリカ人から見て、ロシアはやっぱりかなり怖い国なんですね。強面一本鎗で国際社会のプレゼンスを獲得しようとしているし、次にどうでるか予測がつかないところがある。それに比べると中国の方が国際社会での肯定的評価を求めているので、それなりの一貫性があって、行動が予測しやすい。

 中国は国際社会において大国としてリスペクトされたいという意欲を持っていますけれど、ロシアは別にリスペクトを要求していませんね。むしろ怖がられることを求めている。何を考えているのかわからない軍事大国というのが確かに周りから見ると一番怖い。プーチンはそれを熟知している。中国はやっぱり何だかんだ言いながら、孔子以来の「徳治の国」ですから、自分たちの統治が成功しているということにこだわりがある。世界の模範になるというところまでは要求していないでしょうけど、器の大きい国、スケールの大きい国だとは思われたがっている。長者の風を示すということにはこだわりがある。

 例えて言えば21世紀の国際社会について、30年とか50年というオーダーで、中国は国際社会のあるべき姿について明確な展望を持っている。それを今アイデアとして出せる国というのが中国しかないということに関しては、かなり自信を持っていると思うんです。

 国力にはいろいろな要素がありますけれども、軍事力とか経済力だけではなくて、やはり国際社会の未来についてのビジョンを提示する力、指南力というのが大きい。21世紀の世界がかくあるべきであると、それを自分は牽引していくんだという。

 今、大国というと米国、ロシア、中国とEUしかないです。でも、その四つの国・地域の中ではビジョンを提示する力は今のところ中国が他を一歩リードしている。「一帯一路」とかアジアインフラ投資銀行(AIIB)とか、このところのインパクトのある構想は中国発信ですから。日本の報道では、どちらも「ビジネスチャンスがあるからみんな集まってくるんだ。要するに金が目当てなんだ」というふうに突き放した評価ですけれど、ビジネスチャンスだけじゃないと僕は思います。結局、アメリカもロシアもEUも「30年スパンの世界経済についてビジョン」を出せなくなっていて、中国だけが出せたということなんです。

 一帯一路構想はかなり長期にわたるプロジェクトになると思いますが、あのプロジェクトが魅力的なのは、「シルクロードを貫通する」という発想が斬新だということです。このルート上にはカザフスタンとかキルギスタンとかトルクメニスタンとかアゼルバイジャンとか国が並んでいますけれど、僕たちはただ遊牧民がいる草原だと思っているその広大な地域にまったく新しい経済圏ができるという構想はやはりスケールが大きいです。それに、中国の場合、ユーラシア大陸を西へ向かうという文明史的な趨向性がありますね。アメリカ人の「ゴー・ウエスト」と同じで、中国人も西漸するコスモロジカルな方向性というものがあって、とにかく西に向かう。東にはあまり興味ないんですよ。

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