現場で犯人を逮捕した北京市公安当局の発表によると、男は河南省西華県出身の35歳で、周囲に社会に対する不満を漏らし、報復したいと話していたという。また、事件を伝えた中国メディアによると、男は中学校を中退して実家を出、河南省、河北省、江蘇省と移り住みながら主に工場を渡りあるいていたのだが、仕事も生活もうまくいかず、実家にも寄りつかず、人と交流もせず、ネットカフェを転々とする生活を送っていて、世の中を悲観していたのだという。

 この犯人については現状、ここに書いた以上の情報が出ていないので、この人物について語るには慎重になる必要がある。ただ私は、犯人の実家があるという西華県と同じ周口市に属し、西華県にほど近い土地を訪れたことがあるので、彼を取り巻く環境についてはおおよその想像がつく。

 このあたりを訪れたのは3年前の2月、やはり春節のことだった。1990年代から上海に出稼ぎに来てリヤカーを引き廃品回収をしている農民工の友人、ゼンカイさんが帰省するのに合わせて彼の自宅におじゃましたのだ。見渡す限りの田園地帯で、自宅を離れて都会や工場に出稼ぎに行かなければ子供を進学させるだけの収入を得られる仕事が地元に無いような土地だ。

 40代半ばになるゼンカイさんも中学を卒業して都会に出稼ぎに行き、長男を大学に進ませるために頑張って働いていたのだが、近年、収入が月5万円程度で頭打ちになってしまった上に、中国の進学制度のために実家の祖父母に預けて育てざるを得なかったため、長男の教育にも当然のことながら目が行き届かない。結局、経済的にも学力的にも進学をあきらめざるを得ず、長男も中学卒業と同時に父母が働く上海に出てきて、やはり月5万円程度でレストランでウエーターとして働いている。

 ゼンカイさんの人生は、この地域の人たち、すなわち農村出身の貧困層の典型だといえる。北京で無差別殺傷事件を起こした35歳の男が農民工だと断定はできないが、この地域の出身で、中学中退、仕事は主に工場勤務だったと聞けば、この地域の農民工の代表的な人生を送ってきたと言えるのである。

近づきつつある限界

 どのような理由があるにせよ、暴力に訴えるのが許されないのは言うまでもないこと。ただ、都会に生まれるか、地方の農村に生まれるかといういわば偶然の要素で、人生のスタートラインから圧倒的な格差がつき、進学や職業選択の機会も公平でなく、都会生まれが農村生まれよりも圧倒的に有利だという側面がいまの中国にあるのは事実だ。

 この男は昨年12月、勤めていた工場を辞め、それを最後に無職だったのだという。そして、最後に勤務していたのは、大火が起き農民工が強制立ち退きにあった北京の新建村に隣接する、河北省廊坊の工場だった。

 ほぼ同時期に、ほぼ同じ地域に住んでいた農民工が、かたや追い出しにあい、かたや社会に憤慨して凶行に及んだ。反発する農民工と当局との間で騒動が起こるなど、格差の問題が軋轢を生み事件化するケースも明らかに目立ち始めている。格差問題の解決は待ったなしの状況になりつつある。

 確実に言えるのは、農民工は追い詰められているということ。そして今回の無差別殺傷事件が、農民工の我慢が限界に来つつあることの象徴でないとは、だれにも言えないのである。