私は農民工の取材をするときには、可能であれば意識してタクシーを使わないようにする。恐らく、新建村に住んでいた農民工たちも、故郷から出稼ぎできて北京駅に降り立ち、地下鉄とバスを乗り継いでこの町に着き生活をスタートさせたはずだからだ。この日の私も、彼らと同じ時間をかけこの町にたどり着くことで、体にまとわりつく疲労感や空気感が、この町の風景の一部として私を溶け込ませてくれたのかもしれないと思う。これがタクシーで時間と距離をショートカットすると、違う土地の空気を持ち込んでしまうような気がする。

エアコン設置・修理のチラシだらけの壁(新建村)

 ちなにみに廊坊は、シャープを傘下に収めた台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の子会社が、「中国のアップル」や「中国の無印良品」と呼ばれる小米(シャオミ)のスマートフォンを製造する工場を置く工場の町。これら工場でライン工として働くのは、ほぼ全員が農民工である。

 新建村で伏し目がちに歩いた私の目に入ってきたのは、ここでも売血の張り紙だった。そしてもうひとつ特徴的だったのは、「空調維修」(エアコン修理)、「専業空調」(エアコンの専門業者)とエアコン関係のチラシの異様な多さだ。

 先の費家村同様、新建村の住宅もベッドを置くだけの物件が多かったそうだが、加えて窓のない部屋が大半だったのだそうだ。酷暑の夏、窓がなく風が通らない狭い部屋は蒸し風呂のようになったことだろう。エアコンのチラシの多さは、働いて少し余裕ができると、部屋にエアコンを付けるのが、この町に住む農民工たちのささやかな贅沢だったことを意味しているのだろう。

新建村の様子。半分以上が既にがれきと化していた(上2枚とも)

春節直前の凶行

 北京から戻って間もない2月11日、北京の繁華街・西単で、無差別殺傷事件が起きた。

 春節(旧正月)前の最後の日曜日となったこの日。正月を迎えるための買い物や、「年夜飯」と呼ばれる年末の食事を楽しむ人らでごった返すショッピングモールで、刃物を持った男が次々と客らに斬りかかり、1人が死亡、12人が重軽傷を負った。