eコマースの配送員で吸収しきれずあぶれる貧困層

 最近、私はしきりにこの話を思い出す。上海、北京など中国の大都市で働く農村からの出稼ぎ労働者「農民工」のここ2、3年の境遇と重なる部分があるからだ。人間をネズミの話に例えるのは申し訳ないが、経済成長の鈍化、インフラ整備の一服、製造業の中国離れが並行して進む中国では、これまで低賃金で農民工に任せてきた単純労働の数が減ったことで、農民工を抱えておくだけの余裕がなくなった都市から彼らを追い出す動きが目立ち始めているのだが、ネズミ退治機で海辺に追い込まれたネズミ同様、都会を追われ行き場をなくした農民工たちが立ちすくむ姿を見る機会が確実に増えている。

 この話をすると、「eコマースの爆発的な成長で宅配便やケータリングの配送員の需要が増えていると聞くよ? それで建築現場の肉体労働が減っている分は吸収できるんじゃないのか」とよく尋ねられる。

 確かにそうなのだが、配送員にはまずスマートフォン(スマホ)が必須。伝票、決済、配送先までのルートを示す地図、不在の客との電話と、スマホがなければ配送員はできない。いまどきの中国では、どんなに貧乏でもスマホはほぼ持っているが、「持っている」のと「使いこなせる」のとでは話が別。早ければ40台前半で老眼が入り始めるから、画面も見づらくなる。画面をいちいち遠目に見ていてはノルマがこなせないし、歩合を稼げなければ基本給で生活はできない。

 文字通り体一つあれば何かしらの作業ができる肉体労働なら、健康であればがれきや砂を運んだりと何かしらの作業はできるので50代まで働くことができる。しかし電動バイクを乗りこなしスマホを駆使して時間にも追われる配送員は、建築作業員ほど間口が広くない。上海や北京などの大都市で当局による農民工を主体とする貧困層の追い出しが進んでいるのは、配送員の増加が土方作業の減少を相殺し切れていないことの証明だと見なして間違いない。

 非情な言い方をすれば、高度成長時代が過ぎ、そこまで大量の人手が必要なくなった現在、さしたる税金も払わない低所得の農民工を大勢住まわせておくより、不動産開発をした方が、利権を持つ権力者やその周辺にいる人びと、さらに再開発で立ち退き料が入る都会生まれの住民たちにとってはずっといい。

しがみつく手を引き剥がす

 だから昨年11月、北京郊外の大興区にある農民工が主体の低所得者層の住む新建村という地区で、違法建築の簡易宿泊施設で子供8人を含む19人が死亡する火災が起き、これをきっかけに北京市当局が、違法建築の摘発と一掃を名目に、住民に短期間での立ち退きを突きつけ、まだ人が住んでいるのに強制的にガスや水道を止め炙り出すかのように町ごと住民たちを退去させたという報道を見たときにも、北京で特別なことが起きているという印象を持たなかった。

 北京の農民工追い出しに注目が集まったのは、19人という大勢の犠牲者を出した大きな火災があったことと、北京当局が立ち退かせる農民工たちを「低端人口」、すなわち「下層の人間」呼ばわりしている文書が明るみに出たことで、海外メディアがこぞってこれを大きく取り上げたからだ。「大火」「死者」「下層の人間」という関心を刺激するキャッチーなキーワードが揃ったためである。

 しかし、大きな流れで言えば今回の北京と同じようなことが上海でも既に3年ほど前から始まり、知人の農民工たちが右往左往しているのを目の当たりにしていた私には、何をいまさら、という感が否めなかった。

 高度成長が終わり、単純労働をする農民工の賃金が頭打ちになる中、上海では2015年ごろ、不動産の高騰で郊外であっても農民工が家賃を払えるような物件がなくなった。そしてこの年、上海での生活に窮して、故郷に帰ったり他の大都市に向かったりする農民工が続出した。しかし1年もすると、農民工たちの多くは上海に戻ってきた。農村地帯にある彼らの故郷に相変わらず現金を稼げるような仕事がないためにほかならない。

 ただ上海に戻ってきても、離れる前と状況はいささかも変わっていない。相変わらず賃金は頭打ちで、家賃はさらに上がった。農民工たちは、生活の困窮の度合いがさらに増したが、しかしほかに行くところなどないことは、過去1年故郷に帰ってみて骨身に染みた。苦しかろうが、彼らは上海にしがみつくしかないのである。