「白タクが怖いからこそ、スマホのアプリで相手の身元や車種、過去の運転に対する客の評価が一目瞭然で、支払いもアプリで決済できるライドシェアを使うんじゃないか」という意見もある。ただ、現在進行形で白タク被害に対する注意が喚起されている中、スマホのアプリを盲目的に信用できる感覚の方こそ私には理解できない。

 上海では今年1月、ライドシェアのアプリでセダンを呼んだら、市バスの車両が迎えに来て客が仰天したという、作り話のようなホントの話が起こり話題になった。市バスの運転手が会社のバスを勝手に持ち出してライドシェアの副業に精を出していたというのが真相のようだ。笑い話で済むような話で終わったからいいが、アプリが絶対ではなく、白タクの運転手がライドシェアの運転手に化けている確率は軽視できるほど低くはないことを証明するものだ。

この道一筋に重きを置かない土壌が育むライドシェア

 中国人も、ライドシェアのリスクが小さくないことについてはもちろん分かっている。それでも市場が拡大している背景に、私は大きく分けて2つの理由があると考えている。1つは、本業よりも副業に熱心でこの道一筋に重きを置かないこと、もう1つは安いものについ飛びついてしまう、という中国人の気質である。

 中国が「世界の工場」として勢いに乗っていた10〜15年ほど前、日本から中国へ技術指導に来る日本人の通訳を頼まれることが時折あった。やって来る技術者たちは日本で企業を勤め上げ定年退職した人、身につけた技術を武器にコンサルタントとして独立した人、企業から中国の協力工場に派遣されてくる人と所属は様々だったが、共通していたのは、「この道一筋何十年」という、1つのことに自分の人生を捧げ技術を身につけた、年齢でいえば初老からそれ以上の人、という点だった。

 指導される側の中国人らはみな、日本からやって来た彼らの技術や知識に感服していたし、貪欲に吸収しようともしていた。慣れない中国での生活を案じ、あれこれと親身になって世話を焼いてやってもいた。

 ただ中国人が、長い年を費やして1つの技術を極めた人としてあの日本人らに敬意を示していたのかというと、その点は疑問だと言わざるを得ない。

 日本からこうした技術者を迎えていたある中国企業で、30代の女性管理職がある日、彼らを見てつぶやいた言葉が、中国人の考え方を代表していると思うので紹介したい。

「Nさん(技術者の名前)は、毎日とても疲れた様子をしているので心配しています。彼の職種では、あんな歳になるまで働かないと生活できないのですか?」

 「腕に技術があるからこそ、この歳になっても仕事がある」と日本人は考える。しかし「1つのことをバカ正直にやり続けた結果、確かに技術の腕前は上がったが、さしたる財も残せず悠々自適に暮らせるはずの60歳、70歳になってまで働かなければならない」と考えるのが中国人、ということだ。