手は白くなったけれど

2007年、上海で再び働き始めたあかぎれだらけの16歳のチョウシュンの手(上)と、26歳になった彼の手
2007年、上海で再び働き始めたあかぎれだらけの16歳のチョウシュンの手(上)と、26歳になった彼の手
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 今回、雲南の王くんの手の写真を見て、私はチョウシュンのあかぎれの手を久々に思い出した。そしていつの間にかチョウシュンの手に関心が行かなくなっていたことにも気付いた。おそらく彼の生活が軌道に乗り始めた2012年頃から手が荒れないような生活を送ることができるようになっていったのではないかと思う。ただ、先にも書いたとおり、彼の生活水準は下降線をたどっている。彼と最後に会ったのは去年の4月。チョウシュンは今、どんな手をしているのだろうか。

 そう思った私は、雲南の王くんの手の写真を見た数日後の朝、チョウシュンのSNSに、「16歳だった君の手だよ。覚えているよね? できれば、今朝の君の手を写真に撮って見せてほしい」と頼んだ。するとすぐに、彼から写真が送られてきた。赤黒く浮腫んでいたあかぎれが痛々しかったのと同じ手とは思えない、細い指に結婚指輪をはめた白い手がそこにはあった。ピーク時に比べれば給料は減ったのだろうが、少なくとも、いつでも手が荒れていた10年前よりは体に優しい環境に身を置けているのだろう。

 チョウシュンから送られてきた写真には、靴を履いた足が写っていた。だから私は、「出勤の途中で撮ってくれたの?」と尋ねた。

 彼から帰ってきた返事は、予想だにしていないものだった。

 「いま働いてないんだ。『腎積水』になって1カ月前に仕事を辞めて、いまは実家で療養してるんだ」

 腎積水、腎臓疾患のネフローゼである。

 突然の閉鎖で3年務めた物流倉庫の職を失ったチョウシュンは、それを機に下がり始めた収入を少しでも増やそうと、24時間3交替の倉庫ばかりを選んで働いてきたとのことだった。先週は昼勤、今週は前夜勤、来週は夜勤とすべてのシフトをこなさなければならないため体力的にはキツいが、昼勤のみよりも割がいいのだという。いったいいくら収入が増えるのかと尋ねると、「月額にして200元程度」だと、チョウシュンは答えた。日本円にして3400円である。

 成人のネフローゼは、過労とストレスが原因になることが多いのだという。これから子供の教育にお金がかかり始めるというのに収入は20代半ばから減り続けているというストレスや、月額200元を余分に稼ぐために酷使した体がついに悲鳴を上げたのだろうか。収入減で食生活も切り詰めざるを得なかったのかもしれない。

 一方で、私にはなかなか理解できない農民工の行動が、このチョウシュンのケースでも起きた。それは、実家で療養する夫に付き添うため、チョウシュンの妻も上海の仕事を辞めてしまったことである。実家にはチョウシュンの両親もいるのだし、妻1人だけでも働いて現金を稼ぐべきではないかと思うのだが、こういう時、彼ら農民工はあっさりと仕事を辞めてしまうことが多いのだ。その背景には、農村の実家には田畑があるため、食べるものは何かしらあるから飢えはしないし、ボロ屋だが住む家もある、という現実がある。ただそれをいいことに働かないと、子供に教育を受けさせるだけのお金は稼げない。結果、子供は進学をあきらめ、親と同じ道をたどる。すなわち貧困の連鎖が続いてしまう。ここに、中国の農村とその貧困を解決する問題の難しさがある。

 ただチョウシュンが、手があかぎれてしまう生活を脱して、白い手になろうと懸命に働いてきたのは事実だ。雲南の王くんが大人になるころ、農村の貧困の負の連鎖を断ち切る道筋は見えているだろうか。