社内報に紹介されていたのは、中国語題が「執行力」、著者が「保羅・托馬斯」と「大衛・伯爾尼」、原題らしきものとして「No Executive Ability, No Competitive Advantages」とある。著者名は恐らく「ポール・トーマス」と「デビッド・バーン」だろうと目星をつけた。さらに表紙の画像には、日本でいう帯の位置に「ビジネスウィーク」「フォーチュン」「ニューヨークタイムズ」「ウォールストリートジャーナル」「USAトゥデイ」で推薦されたと書かれていた。

 9冊については、同等の情報を手がかりにグーグルで検索し、邦訳の出ていない「Industry4.0」を含め、どれもものの5分で原書が確認ができた。だが、「執行力」については、全く原書にたどり着かない。ところが探し始めて30分が経過しようとしたころ、私と同じ経験をしている人の書いた記事に行き当たった。中国共産党中央の機関紙「人民日報」の唐勇さんという米国特派員の書いた記事である。

ニセモノ読んで大目玉?

 2005年2月24日ワシントン電として、米国の有名紙誌がこぞって推薦しているという「執行力」の原書をグーグルで半日を費やして検索してみたが全くヒットしない。そこで、著者が教鞭を執っているというハーバードビジネススクールとデューク大学ビジネススクールに確認したところ、いずれも「そのような人物は存在しない」との回答だった。さらに、中国の版元である長安出版社に翻訳出版を認めたと本に記載されているエージェントに連絡したところ、「『執行力』という本の翻訳出版を認めた事実はありません」との返事。そこで唐勇記者は、「執行力」の原書はそもそも存在しないと結論づけている。

 さらに調べてみると、唐勇記者の記事からさかのぼること2年前の2003年、中国国営新華社通信が「執行力」の問題を取り上げているのを見つけた。同年7月29日付で、中国でその週に発売されネットの新刊書ランキングでトップになった「執行力」という本は、その前年の2002年に米国で出版され、その後、中国と台湾で中国語訳が出ていずれもベストセラーとなった「Execution: The Discipline of Getting Things Done」という本に便乗したニセモノだ、というのである。

 新華社によると台湾版の中国語題は「執行力」、中国機械出版社という版元が出した中国版の題名は「執行」。鴻海社内報制作のスタッフは、恐らくゴウ会長が読んだであろう台湾版の題名に引きずられ、原書が存在しない長安出版社版の便乗商品を紹介してしまった、というところなのだろう。

 改めて紹介すると、10冊目のこの本は、日経新聞から邦訳も出ている。

(10)『経営は「実行」―明日から結果を出すための鉄則(日本経済新聞社)』
(原題・Execution: The Discipline of Getting Things Done)
(中国語題・台湾版「執行力」、中国版「執行」)
ラリー・ボシディ、ラム・チャラン著

 ちなみに、便乗版の「執行力」、ネットでは今でもなお販売されているようで、本家顔負けのロングセラー。部外者なら間違って買ってしまって読んでも笑い話で済むが、シャープや鴻海の社員であればせっかく経営思想を学ぼうと読んだはいいが、トップの前でトンチンカンな感想を言ってしまい、ゴウ氏からお目玉を食らうなんてことになりかねない。くれぐれもご注意あれ。