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 「今日は鉄くずの売り上げが丸々利益になった」という。ゼンカイさんが店先にたむろしながら情報収集をしているスーパーで顔なじみになった、近所でネットカフェを経営している社長が、店を改装して鉄くずが出るから引き取りに来てと声をかけてくれたのだという。普通であれば相場のカネを払って鉄くずを譲り受けるのだが、その社長とは会えば挨拶をし、時には世間話をするという関係を築いたため、「店まで取りに来てくれるならタダで持って行きな」ということになったらしい。

 「廃品回収は、こういうことがあるから楽しい。警備員や清掃員は毎月決まった給金がもらえるから安定してるけど、廃品回収の方が夢があるよ」

 ゼンカイさんの口から「夢」、という言葉が出てきたのを聞いて、私は素直に感動していた。

夢を語れる中国、そして日本

 後日、テレビのワイドショーに呼ばれる機会があり、この日のことを話した。ゼンカイさんが夢を口にした話だ。それを聞いたコメンテーターの1人は、「それは、国から騙されているんだ」と私の主張には納得しかねるというような不満げな顔をして言った。

 そう思っても、致し方のないことだとは思う。私自身、それに似たようなことを感じたことはあるから。上海で二進も三進もいかなくなり、1年あまりを河南省の自宅で過ごしたゼンカイさんは、ヒマに飽かせて連日、中国の発展ぶりを宣伝するテレビばかり見ていた結果、「中国は世界に冠たる強国になったんだ」等々、中国を礼賛する愛国主義者になっていた。それを目の当たりにして私は、プロパガンダの力というのは侮れないんだなと思ったものだ。

 でも、それから2年あまり。やはり田舎では食えないからと上海に戻り、簡単には稼げなくなった現実をまざまざと突きつけられたゼンカイさんの口から、国を礼賛する言葉を聞くことはほとんどなくなった。

 しかしそれでも、ゼンカイさんは、「自分の仕事には夢がある」と言った。

 廃品回収、否、もっと実状に近い言い方をすれば、ゴミ拾いのゼンカイさんがなお、夢を語れる社会。
 それは、ゼンカイさんが足るを知っているということなのか。
 相変わらず、中国のことは皆目分からないなと、私は頭を抱えた。
 しかし同時に、やっぱり中国は面白い、と思った。

 翻って、いまの日本で、ゼンカイさんと同じような境遇にあったら、果たして夢を語れるだろうか。

明るい未来

 そこで私は、その前日のことを思い出した。

 上海で1、2を争う繁華街である南京東路で、私の目の前を歩いている若い男性が着ている上着の背中の文字が目に飛び込んできた。

「SUPER TIME. BRIGHT FUTURE」

 素晴らしい時間、明るい未来。

 思わずしばらく彼を追いかけていき、背中の文字をこっそりと写真に収めた。

 10代後半に見える彼は、上海に住んでいるのか、観光で来たのかは分からないが、いま20代後半になった私の農民工の友人たちが、10代後半で上海に出てきた当時と同じ雰囲気をまとっていた。

 この彼が背中の文字の意味を分かってその服を買い、着ていたのかは分からない。でも少なくとも、気持ちが後ろ向きになっている人は、この服を買わないように思えた。

 SUPER TIME. BRIGHT FUTURE。

 中国の若者はなお、そう信じることができるのだろう。

※この連載は今回が最終回です。ご愛読、そしてたくさんのご意見、ありがとうございました。
「素晴らしい時間、明るい未来」という若者が背中に背負って歩けるという中国の現実(上海南京東路。2018年12月)