やたらと「自主性を発揮してほしい」「当事者意識をもってほしい」「主体的に動いてほしい」などと言う経営者がいます。社員に期待しているつもりでしょうが、はっきり言って愚痴です。
どんなに社長が願っていても、あるいは怒ろうとも、自主性を発揮しようとはしないでしょう、危機感がない人は。
今回のテーマは「自主性」です。鷲沢社長と蝶野会長の会話を読んでみてください。鷲沢社長はメガバンク出身のプロ経営者です。広告代理店の社長を経て、ベンチャー企業を創業した蝶野会長から依頼を受け、社長を務めてきました。
「どうしても聞いておきたいことがあります」
○鷲沢社長:「来年の1月、以前いた広告代理店に戻ることになった」
●蝶野会長:「本当にお世話になりました」
○鷲沢社長:「後任の社長は私が紹介した、球田コンサルタントでいいのかな」
●蝶野会長:「ええ。大リーグのスカウトとして活躍していたコンサルタントと聞いて、ワクワクしています」
○鷲沢社長:「彼は徹底して勝ち負けにこだわる。クセがあるがしっかりしているし、予材管理も理解できている。私の後継としてはいいだろう」
●蝶野会長:「営業目標の2倍の材料を予め仕込んで管理する、予算管理はようやく当社に定着してきました」
○鷲沢社長:「頼もしい」
●蝶野会長:「ありがとうございます。とはいえ私は経営者としてまだまだ甘いので、プロの方に引き続き経営を任せたほうがいいと考えています」
○鷲沢社長:「創業してまだ3年。あと2年ぐらいはプロに任せたほうがいいだろう」
●蝶野会長:「はい。創業者とはいえ、30歳まではエンジニアとしてばりばりやりたいです」
○鷲沢社長:「そういう考えでいいと思う」
●蝶野会長:「ところで社長」
○鷲沢社長:「どうした」
●蝶野会長:「来年からはなかなか相談に乗ってもらえないでしょうから今のうちに聞いておきたいことがあります」
○鷲沢社長:「何でも聞いてくれ」
モチベーション不要論の真意
●蝶野会長:「社長は常々、『モチベーションなんかいらない』とか『社員の自主性に期待してはならない』と言っています」
○鷲沢社長:「その通りだ」
●蝶野会長:「モチベーションについては理解しました。モチベーションがあるとかないとか言うばかりで、やるべきことをやらない、それはアマチュアだ。こういうことですよね」
○鷲沢社長:「ああ」
●蝶野会長:「ただ、社員の自主性はやはり尊重したいと思っています」
○鷲沢社長:「確かに」
●蝶野会長:「……え!」
○鷲沢社長:「社員の自主性は尊重したほうがいい」
●蝶野会長:「そ、そうなのですか。『部下に自主性など期待するな』と言っていませんでしたか」
○鷲沢社長:「言っている。ただし、色々な社員がいるし、色々なケースがある。社員のその時の調子にもよるだろう」
●蝶野会長:「と言いますと」
○鷲沢社長:「モチベーションだってそうだ。すべてのケースでモチベーションなどいらないと言ったわけではない」
●蝶野会長:「ケースバイケースということですか」
○鷲沢社長:「当たり前だ」
●蝶野会長:「うーん」
○鷲沢社長:「おいおい。心配になってきた。私がいなくて本当に大丈夫か。社長としてやってくる球田は剛腕だぞ」
●蝶野会長:「先が思いやられてきました」
○鷲沢社長:「落ち着いてよく考えろ。すべてにおいてモチベーションも自主性もいらない。そんな乱暴なことを言っているわけではない」
●蝶野会長:「……」
モチベーションは道具、使い方を頭に入れよ
○鷲沢社長:「モチベーションも自主性も道具みたいなものだ。どんなときに、その道具が必要か、頭にちゃんと入ってないと、せっかくの道具も無駄になる。そう言ってきただけだ」
●蝶野会長:「おさらいさせてください。ええと、やって当たり前のことをやるときにモチベーションなどいらない、でしたよね」
○鷲沢社長:「お客様のところへ約束の時間通りに到着する。当たり前のことだからモチベーションなどいらない」
●蝶野会長:「決められた回数の顧客訪問をこなすのも当たり前です」
○鷲沢社長:「会長は英語を勉強したいと言っていましたね」
●蝶野会長:「はい」
○鷲沢社長:「それを私が聞いたのは何カ月も前だ。だが、いまだに勉強を始めていない」
●蝶野会長:「なんだか目の前の仕事に追われてしまって。英語は高校時代にかなり勉強したので、もう一回やり直したいのですが」
○鷲沢社長:「今のあなたにとって『英語の勉強』はやって当り前のことではない。それならモチベーションが必要だ」
●蝶野会長:「単にやりたい、ではなく、もう少し強い動機付けが必要ということですね」
○鷲沢社長:「今後、あなたのアプリを海外でも売っていく。開発者のあなた自身が英語でプレゼンテーションする。例えばそういう話だ。無理に仕事に絡めなくてもいいが」
●蝶野会長:「なるほど。ぜひ世界で勝負したいです」
○鷲沢社長:「今期の営業目標を達成させることはどうか」
●蝶野会長:「営業なのだから目標を達成するのは当たり前、だからモチベーションがどうのこうのではない、と社長は言っていました」
○鷲沢社長:「そうだ。目標達成が当たり前だと思っている営業はモチベーションなどいらない。ただし、当たり前だと思っていない営業ほど、『モチベーションが上がらない』とか言ってやるべきことをやらない」
●蝶野会長:「わかりました。目標達成するのが当たり前、そういう組織文化を作る。それが私の役割だと。モチベーションという言葉を使うかどうかはさておき、わかっていない営業への動機づけは必要ということですね」
○鷲沢社長:「自主性も相手による。何一つ自主的に動かない社員などいるものか。言われたこと以外、何もやらないなんてあり得ない」
●蝶野会長:「上から『自主性を発揮してほしい』と言っても意味がないわけですね。誰もがある程度の自主性を発揮しているから」
期待に応えない社員にどう対処するか
○鷲沢社長:「そうだ。社長が100のレベルを自主的にやってほしいと思っていても、部下が20ぐらいのレベルしか自主的にやっていなかったらどうする」
●蝶野会長:「わ、わかりません」
○鷲沢社長:「100のレベルをまず経験してもらう」
●蝶野会長:「どのように」
○鷲沢社長:「100のレベルで動けるまで強制しろ。自主的にやることを期待していても100を知らん社員は100をやらない」
●蝶野会長:「……強制!」
○鷲沢社長:「それをやり抜く強さが経営者に必要だ」
●蝶野会長:「ブラック経営者とか言われませんか」
○鷲沢社長:「無茶苦茶なノルマを与えるとか、注文がとれるまで家に帰るなとか、そういう話をしているわけじゃない。経営目標から考えて一人あたりこれだけはやってもらう、それが100だ」
●蝶野会長:「個人差も認めるのですよね」
○鷲沢社長:「もちろん。ただし、自主性を尊重するというと聞こえがいいが、下手をすると20のレベルの人を認めることになり、他の人まで20に下がってしまいかねない。だいぶよくなってきたがこの会社にはそういうところがあった。大リーグ仕込みのコンサルタントが似合うだろう。球田は厳しいぞ」
何事も体験しないとわからない
私はよく『理解=言葉×体験』と講演などで話します。言葉だけでは伝わりません。体験をともなってはじめて理解できるのです。
したがって「どうしてこれをやるのですか」と尋ねる人には「やればわかるから」と答えるようにしています。
どんなに言葉を足しても、体験したことがない人は本当の意味を理解できません。
どこまでやったら本当に目標が達成するのか。どこまで自主性を発揮したら上司が物足りないと思わなくなるのか。その体験をしなければ、わかりようがないのです。
体験によって理解を促すために、時には「強制」も必要です。
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