「勝った」だとか「負けた」だとか、そういう言い方、考え方でビジネスをしていてはいけない。しっかりした経営理念を掲げ、顧客のために活動し、社会に貢献していく。結果として商売がうまくいく。ビジネスは「勝ち負け」、勝負事ではないのだから。
こういう意見があります。昨今、世間一般の常識になっている気がします。「あの人は勝ち負けにこだわりすぎる」と言ったら悪口でしょう。
本当にそうでしょうか。鷲沢社長と球田コンサルタントとの会話を読んでみてください。
○鷲沢社長:「球田さん、あなたのような大リーグに精通している経営コンサルタントにお願いするのは初めてだ。よろしく頼む」
●球田コンサルタント:「ありがとうございます。全力で勝ちにいきます」
○鷲沢社長:「頼もしい」
●球田コンサルタント:「私は社長を胴上げするためにやってきました。『優勝請負人』と受け止めていただければ」
○鷲沢社長:「そうか……」
●球田コンサルタント:「勝負に徹する。これが私のポリシーです。非情の采配をお願いすることがあるかもしれませんが、勝つためです」
○鷲沢社長:「さっきから『勝ちにいく』とか『胴上げ』とか『優勝』とか言っているけれど、勝ち負けにこだわって短期的な思考に陥っては困る」
●球田コンサルタント:「どういうことですか」
○鷲沢社長:「野球の場合、相手のチームに合わせてピッチャーを選ぶことがある。コンディションが悪ければ途中で交代させる。しかしビジネスでは我慢も必要だ」
●球田コンサルタント:「商談の規模や難易度に合わせて営業を選んだり、うまく商談が進まないからといって営業を替えたり、そういうことができるとは限らない、と」
○鷲沢社長:「飲み込みがはやい。じっくり営業を育てなければならんときもある」
●球田コンサルタント:「野球も同じですよ。1試合とか1シーズンという単位で勝ち負けを考えているわけではありません。強いチームはもっと長期のスパンで考えています。ただし評価は厳しくやります」
○鷲沢社長:「どういうことかな」
●球田コンサルタント:「『頑張っている』『努力している』、これは評価指標にしません」
営業も経営も結果がすべて
○鷲沢社長:「結果がすべて、ということか」
●球田コンサルタント:「はい」
○鷲沢社長:「ところで私が常々口にしている『予材管理』は理解しているな」
●球田コンサルタント:「ええ。営業目標の2倍の材料を予め仕込み、目標を絶対達成させる管理手法ですよね」
○鷲沢社長:「そうだ。結果がすべて、目標達成がすべてだが、そのために予材管理をしっかりやる。予材管理でいう結果は、質の高い予材をどれぐらい積み上げたか、だ」
●球田コンサルタント:「質の高い営業の材料が予算の2倍以上あれば未達に終わるわけがない、ということですね。わかりやすいです。社長が提唱する予材管理をこの手で完成させたいと思って日本に戻ってきました」
○鷲沢社長:「ありがたい」
●球田コンサルタント:「売上や利益など営業目標の達成がすべてです。結果を出すためにチームの方針にそって試合を進めることが重要になります。監督やコーチの方針と違うことを選手がした場合、たとえ試合に勝っても私は評価しません。チーム全体で勝ちにいくのです」
○鷲沢社長:「その通りだ」
●球田コンサルタント:「私に営業チームを任せていただけたら必ず勝ってみせます」
○鷲沢社長:「一つだけいいかな。これまでの経歴からしょうがないと思うのだが、どうも君は『勝ち負け』とか『勝負』とか言い過ぎる。私個人は勝つとか負けるとか、そういう言葉は好きだがビジネスには馴染まない気がしている」
●球田コンサルタント:「ビジネスも『勝ち負け』ですよ」
○鷲沢社長:「そうかな」
●球田コンサルタント:「そうです」
○鷲沢社長:「自分に勝つとか負けるとか、そういうことか」
●球田コンサルタント:「違います」
○鷲沢社長:「やっぱり競合に勝つということか」
●球田コンサルタント:「ライバル会社に勝つ。それは一つです」
○鷲沢社長:「ただな、必ずしもコンペになるとは限らない。お客様との信頼関係を築き、ニーズを発掘し、じっくり提案する。わが社はこういう営業スタイルを創業時からとってきた。したがって予材を仕込むことが何よりも重要だ。ライバル会社に勝つ、負ける、ということは実はあまり関係ない」
●球田コンサルタント:「わかっています」
○鷲沢社長:「勝ち負けではない、とわかっているならいい」
●球田コンサルタント:「いえ、勝ち負けですよ」
○鷲沢社長:「くどい! 本当にわかっているのか」
「やるか、やられるか、です」
●球田コンサルタント:「社長こそ、本当にわかっているのですか」
○鷲沢社長:「なんだと! 誰に向かって口をきいている」
●球田コンサルタント:「ビジネスは勝ち負けです。やるか、やられるか、です。甘いことは言ってられません」
○鷲沢社長:「……それぐらいの覚悟を持て、ということか」
●球田コンサルタント:「覚悟とか、そういうことではなくて、本当に勝ち負けなのです」
○鷲沢社長:「どういうことだ。ライバルは一つと言っていたが、他に敵がいるのか」
●球田コンサルタント:「敵はお客様です」
○鷲沢社長:「お、お客様が敵!」
●球田コンサルタント:「『顧客を攻略する』と言うではありませんか。営業やマーケティングには戦略があり、戦術もある。戦う以上、必ず勝敗があります。私が申し上げているのはそれだけのことです」
○鷲沢社長:「……」
●球田コンサルタント:「甘い考えでビジネスをしている人が多すぎると私は見ております。鷲沢社長は違うと思ったので引き受けましたが」
○鷲沢社長:「確かにターゲティングと言ったり、営業部隊と言ったり、機動力と言ったり、戦いの言葉がよく出てくるが……」
●球田コンサルタント:「言うまでもないですがお客様を殺しに行け、というわけじゃありません。ただ、『勝ち負け』ぐらいは使っていい。それぐらいの真剣さが必要です」
○鷲沢社長:「なるほど……。だが、お客様が敵というのはどうも……」
●球田コンサルタント:「私は常にお客様をピッチャーとみています。このピッチャーをどう攻略するか、そう考えます」
○鷲沢社長:「ピッチャーを攻略し、見事打ち返すことができたら『勝った』と表現するのか」
●球田コンサルタント:「打ち勝ったわけです。野球ではなく営業ですから勝ち負けといってもメタファーです。しかし、このメタファーが闘争心に火をつけます。相手を研究してやろう。簡単には諦めない。球に食らいつき、場合によっては体に当ててでも塁に出る。こういう姿勢を育て上げます」
○鷲沢社長:「闘争心か。言われる通り、わが社の営業チームには不足しているな」
●球田コンサルタント:「営業チームに今、一番必要なのはモチベーションとか自主性とか働き方改革とかではありません。闘争心です。私が来たからには営業チームの闘争心に必ずや火をつけてみせます」
○鷲沢社長:「少々心配だが今は君のバイタリティに賭けるしかない」
会社の実情を直視せよ
ビジネスは「勝ち負け」なのか、そうではないのか。改めて問うまでもなく、誰かに言われるまでもなく、答えはわかっていることです。
ビジネスはビジネス、戦争でもなければ、スポーツでもありません。勝つだの負けるだのという判断軸はビジネスの世界には本来ありません。
経営理念は大事ですし、ビジネスを通じて社会に貢献していくことも大事です。ただし、これは業績がいい会社、余裕のある会社が言うことです。
業績が悪く、それこそ会社が生き残れるか、そうでないかが問われているとしたら、理念や社会貢献を考える前に、戦わなくてはなりません。
そのとき、勝ち負けというメタファーを使うのです。言葉に過剰反応して腰が引けたままでいると、脆弱な経営に陥ってしまい、従業員のためにも、お客様のためにもなりません。
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