目標を達成させる「やり方」を知っていても、それだけではうまくいきません。多くの人が「やり方」を知っていても、それをやろうとしないからです。大事なのは「やり方のやり方」です。
鷲沢社長と柿木リーダーの会話を読んでみてください。
●柿木リーダー:「社長、この会社に入ってから苦労ばかりです」
○鷲沢社長:「どんな苦労だ? 部下育成か」
●柿木リーダー:「はい。チームのことを考えて営業するのって、難しいです」
○鷲沢社長:「君は前の会社でトップセールスだった。しかもヒラメキ型というか、かなり天才的な営業だった。だからよけいに悩む」
「天才は凡才の気持ちがわからない」
●柿木リーダー:「どういうことですか」
○鷲沢社長:「天才は凡才の気持ちがわからない」
●柿木リーダー:「そういう言い方って……」
○鷲沢社長:「私がメガバンクで支店長をしていたとき、色々な会社を見てきた。それぞれの会社に、それぞれのトップセールスがいて面白かった」
●柿木リーダー:「やはり人それぞれですか」
○鷲沢社長:「トップセールスには色々なやり方があるものだ、と学ばせてもらった。とはいえ共通点もある」
●柿木リーダー:「何でしょう」
○鷲沢社長:「部下育成が下手だ」
●柿木リーダー:「え!」
○鷲沢社長:「同じ天才型の部下だったら意気投合するが、そうでないと話が噛み合わず、部下をうまく育てられない」
●柿木リーダー:「頑張っているつもりですが」
○鷲沢社長:「どんなに頑張っても人には得手不得手というものがある」
「しっかり教えているつもりです」
●柿木リーダー:「私のことをヒラメキ型とおっしゃいましたが、こちらに転職してから、営業マニュアルとか営業トークスクリプトとか、部下と一緒に作りましたよ」
○鷲沢社長:「なるほど」
●柿木リーダー:「社長がおっしゃっている予材管理、営業目標の2倍の材料を予め仕込むという手法もそれなりに理解していますし、実践しようとしています」
○鷲沢社長:「君の場合は目標の2倍もなくてもいいだろう」
●柿木リーダー:「2倍も予材があったら、目標の150%ぐらい達成しそうです」
○鷲沢社長:「それは君だけだ」
●柿木リーダー:「お聞きしたかったのですが、なぜ2倍なのですか」
○鷲沢社長:「2倍でなければいけないという話ではない。ただ、頭と足を使って、それぐらいの仮説を立てられるようにならないと目標を達成できない。目標額と同じくらいの材料しかなかったら、そのすべてをものにしなければならん。君ならできるかもしれないが普通の人には無理だ」
●柿木リーダー:「勝率100%は私でも無理です」
「部下を語るなら事実で語れ」
○鷲沢社長:「君はマニュアルも作ったし、トークスクリプトも作った。予材管理の発想で予材を増やそうとしている。それで?」
●柿木リーダー:「しかし、なかなかうまくいきません」
○鷲沢社長:「なぜ、うまくいかないと思っている」
●柿木リーダー:「どうしてなんでしょう」
○鷲沢社長:「私が質問している。質問で返すな」
●柿木リーダー:「わからないのです。連中が何を考えているのだか」
○鷲沢社長:「まず部下としっかり関係を構築しろ」
●柿木リーダー:「部下を持って、よくわかったことがあります。真面目にやらない人間が嫌いだってことです。私は」
○鷲沢社長:「どういうことだ」
●柿木リーダー:「私の部下は真面目にやっていません」
○鷲沢社長:「真面目かそうでないかは認識でしかない。そんな抽象的なことを言っているから部下を育成できない。まず事実で語れ」
●柿木リーダー:「事実で語れと言われても」
○鷲沢社長:「上司である君が『10やれ』と言っているのに、部下が『4』しかやっていない。しかも君が『10回』言ったのに改善されないのなら、部下は真面目にやってないと主張してもいいかもしれない」
●柿木リーダー:「数字で言えということですか」
「やり方を知っていたらやるのか?」
○鷲沢社長:「なぜ真面目にやっていないと言い切れる」
●柿木リーダー:「さっきも言ったとおり、部下が成果を出せるように、マニュアルだとか、トークスクリプトとか、作って渡して説明しています」
○鷲沢社長:「だから何だ?」
●柿木リーダー:「なのにやらないのです」
○鷲沢社長:「それがどうした?」
●柿木リーダー:「えっ!」
○鷲沢社長:「それがどうした?」
●柿木リーダー:「私がやれと言っているのに、やらない。それが事実です。部下はやり方を知っているのですよ」
○鷲沢社長:「だから何だ?」
●柿木リーダー:「だから何だって……」
○鷲沢社長:「やり方を知っていたら、やるのか?」
●柿木リーダー:「やるでしょう! 仕事ですよ。給料をもらっているわけですから。上司が言ったことをやるのは当たり前です」
○鷲沢社長:「やり方を知っていたらやる――。そういうことができるのはトップセールスだけだ。凡人はやらない」
●柿木リーダー:「!」
○鷲沢社長:「成績の上がらない営業は『やり方』を知らないだけだと思っていたのか。『やり方』さえ教えたら、すぐにうまくいくと思っていたか」
●柿木リーダー:「当たり前です」
○鷲沢社長:「当り前じゃない!」
●柿木リーダー:「…」
○鷲沢社長:「さっきも言ったとおり、どれだけ多くの会社を私が見てきたと思っている。やり方さえわかったら、すべてうまくいく、そうだったら誰も苦労しない。誰も銀行なんて頼らない」
「やり方だけ教えてもダメ」
●柿木リーダー:「それならどうしたらいいのですか」
○鷲沢社長:「教えるのはやり方じゃない」
●柿木リーダー:「やり方じゃない?」
○鷲沢社長:「『やり方のやり方』だ」
●柿木リーダー:「はあ?」
○鷲沢社長:「知っていてもやれないことを、どうやったらやれるのか? そのやり方を会得してもらうことだ」
●柿木リーダー:「やり方のやり方って……。どうすればいいのですか」
○鷲沢社長:「君には難しいかもしれん。なぜなら『やり方のやり方』を知らなくても、君はできてしまうからだ」
なぜマネジャーがいるのか
「頭ではわかっているけれど、なかなかやれない」と多くの人が言います。
やり方を知っていても、やらないものです。だからこそマネジャーがいるのです。
やり方を知らないから、やれない状態のことを「無意識的無能状態」と言い、やり方を知っていても、やらない状態のことを「意識的無能状態」と言います。
やり方を意識しているときだけ、やれる状態のことを「意識的有能状態」と言い、やり方を意識しなくても、やれる状態のことを「無意識的有能状態」と言います。
最後の「無意識的有能状態」は習慣になっているということです。「意識的有能状態」はマネジャーから意識付けをされないとやれなかったりします。つまり習慣になっていません。「意識的無能状態」もそうです。
いちいち誰かに意識させられることなく、自然にできるようになるためには、やらざるをえなくする「仕組み」と、やっているかどうか、やってみたらどうか、といったことを確認したり話し合ったりする「コミュニケーション」が必要です。
つまり、私が言う「やり方のやり方」とは、「仕組み」と「コミュニケーション」のことです。仕組みとコミュニケーションを通じて、実際にやってもらい、習慣にしてもらうのです。
「やり方」を教えることは教育、「やり方のやり方」を使ってやってもらうことをマネジメント、と呼んでもよいでしょう。マネジャーは「やり方」を教えるだけで済ませようとしてはいけません。
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