過去に実績や成功体験があるためか、思い込みが酷く、新しいやり方や考え方を受け入れられない人がいます。単なる先入観ならまだしも、それがあまりに強いため、ほとんど妄想にまで近づき、身勝手な物語を作ってしまう人もいます。
そうした一人である猫山課長と、妄想に手を焼く鷲沢社長とのバトルをお読みください。
●猫山課長:「社長、白ユリを課長に昇格させるという話を聞きました」
○鷲沢社長:「白ユリ? 誰だそれは」
●猫山課長:「あ、社長はまだご存じないのですね。みんなのニックネームを」
○鷲沢社長:「まだ赴任して1カ月ちょっとだ。ニックネームがあるなら教えてくれ」
●猫山課長:「白金ゆり子さんです。白ユリさんって呼んでいます」
○鷲沢社長:「白金さんか。そうだ、課長に昇格させる。来年1月からになるが」
●猫山課長:「時期尚早だと思うのですが」
○鷲沢社長:「……何?」
●猫山課長:「白ユリにはまだ無理ですよ」
○鷲沢社長:「唐突だな、君は。いきなりニックネームを使って話したり、私が決めた人事に『反対だ』と唱えたり。君は営業課長だろう。お客様に行くときも、そんな話し方をするのか」
●猫山課長:「いえ、そういうわけでは」
○鷲沢社長:「私は先代の社長とは違う。話しかける時にはそれなりの対策をしてこい」
●猫山課長:「対策ですか。もっと気軽に話しかけられると思っていました」
○鷲沢社長:「うーん、本当にそれで営業課長が務まるのか。白金さんのことはともかく、君こそ課長になるのはまだ早かったのじゃないか」
●猫山課長:「な、何を仰るのですか。もう10年も課長をやっているのですよ」
「自分勝手に作った物語が君を妄想天国へ導いている」
○鷲沢社長:「10年もやっているのだったら常識をわきまえたまえ。いいか、雑談だったらいつでも気軽に話しかけてくれ。だが、君は社長が考えた人事案にいきなりノーと言っている。まあいい、白金さんの課長昇格に反対するなら理由を言いたまえ」
●猫山課長:「反対ではなく、まだ早いと申し上げているだけで……。いえ、理由ですね。彼女にはお子さんが3人います」
○鷲沢社長:「それで?」
●猫山課長:「3人だけでも大変なのに、末っ子の4歳の男の子は足の具合が良くないのです」
○鷲沢社長:「それで?」
●猫山課長:「そ、それでって……」
○鷲沢社長:「それで何だ?」
●猫山課長:「ですから末っ子の面倒を見ないといけないのです」
○鷲沢社長:「うーん……」
●猫山課長:「というわけで白ユリに課長職は難しいと思います。亡くなった先代社長が遺した中期経営計画に『女性社員の数を3倍にし、女性管理者を現在の2人から10人にする』とあったのは知っています。その計画を絶対達成させたいという鷲沢社長のお気持ちも分かります。しかし焦ってはいけません。もっと社員の心の状態とか、家庭環境も考えた上で人事を決めるべきです」
○鷲沢社長:「……」
●猫山課長:「ご理解いただけたでしょうか」
○鷲沢社長:「やっぱり今の仕事は向いていないな、君には」
●猫山課長:「はあ?」
○鷲沢社長:「犬神専務がテレビ制作会社の役員と仲がいいはずだ。ドラマの脚本家を目指してみてはどうかね」
●猫山課長:「ど、どういうことですか」
○鷲沢社長:「先入観が強すぎて、自分勝手に物語を作っている。その物語が君を妄想天国へと導いている。営業課長としては短所だが、そこを何とか長所にできないかと考え、ひょっとして脚本家ではないかと思った」
●猫山課長:「失礼な! いくら社長でも、言っていいことと悪いことがありますよ」
○鷲沢社長:「確かに失礼だったな、脚本家に対してだが。君の脚本は駄目だ。言っていいことと悪いことがあるというのはこっちの台詞だ。勝手な妄想で物事を判断しおって」
●猫山課長:「しかし」
○鷲沢社長:「黙って話を聞け。人が話している最中に自分の意見をかぶせようとするな」
●猫山課長:「も、申し訳ありません」
「課長が全員そうすべきだなんて誰が決めたのか」
○鷲沢社長:「私は調べた。白金さんは3年も前から課長職の基準を満たしているのに、昇進できていない。一方、白金さんよりキャリアが浅い男性課長がこの3年間で4人も誕生している」
●猫山課長:「口を挟ませてください、社長。広告代理店の課長職は激務なのです。夜も遅いです。メディア関係者と夜の付き合いもあります」
○鷲沢社長:「この妄想課長、いい加減に現状維持バイアスを外せ!」
●猫山課長:「も、妄想課長って……」
○鷲沢社長:「夜の付き合いはあるだろう。だが課長は全員そうすべきだなんて誰が決めた。君か」
●猫山課長:「決めたというわけでは……」
○鷲沢社長:「いいか。知っていると思うが当社の20代の従業員のうち、54%は女性だ。今後は女性がもっと活躍できる会社を目指す。先代社長の遺言の一部だ。まったくその通りだ」
●猫山課長:「はい」
○鷲沢社長:「白金さんは女性社員からとても支持されている。憧れの存在だな。ところがいつまで経っても課長になれない。そんな馬鹿なことがあるか。理不尽な慣習があるなら私が終止符を打つ」
●猫山課長:「……しかし、あの、末っ子の件は……」
○鷲沢社長:「白金さんと話をした。ヘルパーを付けるから大丈夫だと言っている」
●猫山課長:「そうですか」
○鷲沢社長:「白金さんには時短勤務をしてもらう。夕方4時までだ。お子さんの面倒がもっと見られるだろう」
●猫山課長:「えっ、4時までですか」
○鷲沢社長:「夜の付き合いが、とか言ったら本当に怒るぞ。働き方改革だ。モバイル端末を渡して、いつでも連絡をとれるようにしてもらう。何か問題があるか」
●猫山課長:「やはり課長なのですから……」
○鷲沢社長:「その通り、課長だ。当然、課長としての結果は求める。勤務時間を短くするとともに、しっかり成果は出してもらう。彼女も同意している」
●猫山課長:「……」
○鷲沢社長:「それにしても君の早とちりは酷いな。先日のY社の案件はどうなった」
●猫山課長:「あ、あの会社は社長が当社を嫌っているのです。どんな提案をしても駄目です」
○鷲沢社長:「やれやれ。それが妄想だと言うんだ。私と竹虎常務とで明日、提案に行く。君もついてきたまえ。先日ご挨拶に伺ったが、Y社の社長は乗り気だったぞ。白金さんのことをどうこう言う前に、君の営業成績を何とかしたまえ」
部分を全体だと評価していないか
ある一部分だけを見て、その部分を全体だと思い込んで評価を下す人がいます。決めつけ、早とちりの類です。早とちりを無くすためには、客観的に物事を見つめる視点や、データで表現された事実を確認する姿勢が不可欠です。
コンサルタントとしての私の経験から言うと、内部事情になまじ詳しい人ほど客観的な視点が欠け、強い先入観を持つ傾向があるように思います。そういう人は疑問を持ったとしても、そのまま発言や行動につなげず、外部の人にいったん確認してもらいましょう。
Powered by リゾーム?