何をどこまでわかっているか曖昧なのに「だいたいわかってる」と口にする人がいます。相手にとやかく言われたくないから、そう口にするケースもあることでしょう。
母親から「わかってるの?」と言われても「わかってるって!」と言い返す、反抗期の子どものような口調で。
今回は鷲沢社長と蝶野会長との会話を読んでみてください。
●蝶野会長:「社長、相談があります」
○鷲沢社長:「どうされましたか」
●蝶野会長:「先日、当社の社員を集めて『予材管理』について話し合いました」
○鷲沢社長:「それはいい」
●蝶野会長:「目標の2倍の営業の材料を予め仕込んでおくことで目標を絶対達成できる手法、ということまではみんなわかっているようです」
○鷲沢社長:「結構だ」
●蝶野会長:「しかし、なかなか予材が積み上がりません。当社はまだ設立3年のベンチャー企業。どんどん新規開拓をしていかなくては事業を継続できない」
「それは考えて仕事をしていない証拠です」
○鷲沢社長:「その通りです。予材は案件と異なり、営業の頭にある仮説でいい。仮説でいいにもかかわらず、目標の2倍すら仕込めないのなら、考えて仕事をしていない証拠です」
●蝶野会長:「恐ろしいですね。予材管理は。目標達成意欲があるかどうかまで、この仕組みがあればはっきりする」
○鷲沢社長:「目標達成していても予材が少ない営業はお客様に恵まれているだけです。達成していなくても予材が多い営業は達成意欲が高く、常に考えている」
●蝶野会長:「常に考えている営業は私にも相談してきますね。日ごろから考えている証拠でしょう」
○鷲沢社長:「そうです。実案件だけをベースに会話していると、お客様に恵まれている営業としか話ができなくなる」
●蝶野会長:「成績が今は良くなくても発想力がある営業は予材を積み上げていきます。あのお客様には予材があるはずだ。このマーケットなら当社のサービスは受け入れてもらえる、とか。話していても楽しい」
○鷲沢社長:「当社はフィンテックのベンチャーです。サービスも固定していない」
●蝶野会長:「ええ。お客様の声をもっと聞いて製品開発にも役立てたい」
○鷲沢社長:「予材を増やすためには、お客様になりそうな先に足しげく顔を出すことです。当社がフィンテックの企業だからといって、金融機関にばかり顔を出す必要はない。いけそうだと思ったら異業種にも足を運べばいい」
●蝶野会長:「30年以上、金融機関で仕事をされていた鷲沢社長なら、だいたいわかっていますよね。大手や中小の銀行ならどんなニーズがあるかを」
○鷲沢社長:「うーん……」
●蝶野会長:「その鷲沢社長が言うのですから金融機関にばかり訪問しても、もう予材は増えないかもしれません」
○鷲沢社長:「い、いや」
●蝶野会長:「……どう、されたのですか」
○鷲沢社長:「会長、私はその言葉があまり好きじゃない」
●蝶野会長:「え」
○鷲沢社長:「好きじゃない、と言いました」
●蝶野会長:「え、どの言葉ですか?」
○鷲沢社長:「『だいたいわかってる』というところです」
●蝶野会長:「だいたいわかってる……」
「わかってる」どころではない、「わからないことだらけ」
○鷲沢社長:「金融の世界に30年以上もいたからはっきり言えることがあります」
●蝶野会長:「……」
○鷲沢社長:「金融の世界っていうのは、まだまだわからないことだらけ。ものすごく奥が深いです」
●蝶野会長:「……なるほど」
○鷲沢社長:「会長が20歳のころに作ったスマホアプリが、これほど日本の金融機関に支持されるなんて、私は想像もしなかった」
●蝶野会長:「そうでしたか」
○鷲沢社長:「50歳を過ぎたころ、金融の世界で仕事はやり尽くしただなんて思ったこともありましたが、とんでもない。中途半端にやっているから、そのような奢りが出てくる。まだまだです」
●蝶野会長:「私の知人も同じようなことを言っていました」
○鷲沢社長:「ほう」
●蝶野会長:「その方はいずれ人間国宝にも認定されるだろうと言われる陶芸家です。その方も極めようとすればするほど、わからなくなるとおっしゃっていました」
○鷲沢社長:「……」
●蝶野会長:「50年、陶芸の神を追いかけ続けているが、その神さまは逃げつづけている。年を取れば取るほど、神の背中が遠くなり、距離が開く一方だ、とも言っておられます」
○鷲沢社長:「……深い話だ」
●蝶野会長:「社長もそうですか」
○鷲沢社長:「いやいや、そこまでの域には達していない。それでも、知れば知るほどわからなくなるというのは真理だと思う」
●蝶野会長:「だからですね、『だいたいわかってる』という言葉が嫌いなのは」
○鷲沢社長:「ちょっと聞いただけで『だいたいわかった』と口にする者がいる。おそらく、深く物事を追求したことがないのだろう」
●蝶野会長:「そうですね……」
わかった気になる人は何事も中途半端
○鷲沢社長:「50冊も100冊も本を読んで、それでも経営のことがわからないと嘆く経営者が多い。そういうものだ」
●蝶野会長:「本を読まない人ほど1冊読んだだけで『だいたいわかった』なんて口にしますね」
○鷲沢社長:「そう。わかった気になる、という典型例だ。そういう奴は何をやるにしても、その程度の深さでしか、わかろうとしない。だから、何をやらせても中途半端な成果しか出せない」
●蝶野会長:「うちのリーダー層ですね。リーダー以外の若手のほうが予材管理についてもっと教えてほしいと言ってきます。しかし、課長やリーダーになると『だいたいわかってる』という態度ですね」
○鷲沢社長:「結果はどうですか」
●蝶野会長:「もちろん、課長やリーダー層のほうが営業成績はいいです。しかし、予材は積み上がっていません」
○鷲沢社長:「まるでわかってないじゃないか」
謙虚になれない人は学ばない
ちょっと知っただけで「だいたいわかった」と言う人がいます。部下が何に悩み、どんな課題を抱えているか知っていますかと尋ねると「だいたいわかってる」と答える上司は結構います。
「だいたいわかってる」という人には奢りがあります。謙虚になれない人は学ぼうとしません。すでに「事足りている」という意識があるからです。
どこまで追求しても「だいたいわかる」ことなどない、と捉えることが大前提です。特に上司は謙虚さが大事です。
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