「辞めるというなら辞めればいいんです」
○鷲沢社長:「その後の人生も考えてやれ」
●正田課長:「逆でしょう。中堅なんだから自分の人生を自分で考え、辞めると困るなら今ここでなんとかしようと姿勢を改めるべきです」
○鷲沢社長:「相変わらず厳しいな。私よりも言い方がキツイ」
●正田課長:「辞めるというなら辞めればいいんです。引き留めると『辞める』と言うのが癖になりますよ。それに、いったん辞めたほうがストレス耐性は高まります。危機感も持つようになりますから、ここで悶々としているより、その後の人生にとってプラスでしょう」
○鷲沢社長:「身も蓋もない言い方だな。当社の業績は回復してきたが、まだ再建中の身だ。新しい人員を次々に採るわけにはいかない。だからできる限り離職者は減らしたい」
●正田課長:「賛同しかねます。一人や二人、退職者が出たからといって、動じる必要はないと考えます。離職率が低いとホワイト企業と呼んだりしますが、ホワイト企業だから良いというわけでもないでしょう」
○鷲沢社長:「どういうことだ」
●正田課長:「社長は銀行を辞めてこの会社に来られたと聞いています」
○鷲沢社長:「そうだ」
●正田課長:「前の銀行はブラック企業でしたか」
○鷲沢社長:「いや。確かに厳しいところだったが、誇れる組織だった」
●正田課長:「離職者はどうですか」
○鷲沢社長:「銀行だからな。一定の年齢になると、事業会社へ転籍になる。辞めてベンチャー企業を始める者も結構いた」
●正田課長:「私も前の会社を辞めてここに来ました。前の会社は、いい会社でしたよ。厳しかったですが色々学ばせてもらいました。社長がいた銀行も私がいた前の会社も、どちらも人が辞めたわけですが、良い組織だったと我々は言っています。つまり、人が辞めていくことは組織の汚点ではありません。商品のキズでもなければクレームでもないのです。商品のキズやクレームをゼロに近づける努力は必要ですが、離職者をゼロにするという発想はおかしいです」
○鷲沢社長:「うーん」
●正田課長:「社会も業界も、そして会社も常に変化しています。変化についてこられない人もいれば、変化の行方に共感を持てない人もいるでしょう。従業員の事情も変化しています。実家に戻らなければならない人もいれば、新たなことにチャレンジしたいと考える人もいます。いずれの場合でも辞めるという選択になるかもしれません」
○鷲沢社長:「まあ、そういうことになるな」
●正田課長:「ポジティブに物事をとらえ、新たな人生を歩みだそうという人まで、思いとどまらせるのですか。そうでもしないと離職者をゼロになんてできません」
○鷲沢社長:「その通りだな」
●正田課長:「わかっていただけましたか」
○鷲沢社長:「よくわかった」
●正田課長:「……。失礼ですが、妙に素直ですね、社長」
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