私は企業の現場に入って目標を「絶対達成」させるコンサルタントです。「絶対達成」というぐらいですから、組織に大きな変革を促します。
組織変革は組織の構成員に相応のプレッシャーを与えます。それでも組織一丸となって同じ目標を目指しているうちに、メンバー同士の絆は深まるものです。
しかし、まれに離職者が出ることがあります。組織変革に納得できない、価値観が違うなどといって辞めてしまうのです。
離職者が出たとき、経営者やマネジャーはどう受け止めたらいいのでしょうか。鷲沢社長と正田課長の会話をお読みください。
●正田課長:「お呼びでしょうか」
○鷲沢社長:「君の部下が退職願を出してきた」
●正田課長:「そうですか」
○鷲沢社長:「そうですか、じゃないだろう。今年に入って2人目だ。『君のやり方についていけない』と言っている」
●正田課長:「ついていけないのなら、ついてこなければいい。そう思います」
○鷲沢社長:「何?」
●正田課長:「社長、私のやり方についていけないという部下の言い分は悪くありませんよ」
○鷲沢社長:「意味がわからん、どういうことだ」
●正田課長:「ついていけないから、ついていけないと言っているわけです。本人がそう言うならそうなのでしょう。問題なのは、私のやり方についていけない、だから会社を辞める、と安易に言い出すことです。社長のやり方についていけないのならともかく、私は一課長に過ぎません」
○鷲沢社長:「もう少し話し合え、ということか。だが君は譲らないだろう」
●正田課長:「はい。私のやり方を変えるつもりはないです」
○鷲沢社長:「君のやり方を私は支持している。だが、上司の君がそういう姿勢では、ついていけない部下としては辞めざるをえなくなるのではないか」
●正田課長:「そんな肝っ玉の小さい奴は今後も社業に貢献しません」
○鷲沢社長:「だから辞めてかまわない、ということか」
●正田課長:「引き留めて何かいいことがありますか」
○鷲沢社長:「辞めると言い出したのは、もう7年務めている中堅社員だ」
●正田課長:「中堅だから何ですか」
「辞めるというなら辞めればいいんです」
○鷲沢社長:「その後の人生も考えてやれ」
●正田課長:「逆でしょう。中堅なんだから自分の人生を自分で考え、辞めると困るなら今ここでなんとかしようと姿勢を改めるべきです」
○鷲沢社長:「相変わらず厳しいな。私よりも言い方がキツイ」
●正田課長:「辞めるというなら辞めればいいんです。引き留めると『辞める』と言うのが癖になりますよ。それに、いったん辞めたほうがストレス耐性は高まります。危機感も持つようになりますから、ここで悶々としているより、その後の人生にとってプラスでしょう」
○鷲沢社長:「身も蓋もない言い方だな。当社の業績は回復してきたが、まだ再建中の身だ。新しい人員を次々に採るわけにはいかない。だからできる限り離職者は減らしたい」
●正田課長:「賛同しかねます。一人や二人、退職者が出たからといって、動じる必要はないと考えます。離職率が低いとホワイト企業と呼んだりしますが、ホワイト企業だから良いというわけでもないでしょう」
○鷲沢社長:「どういうことだ」
●正田課長:「社長は銀行を辞めてこの会社に来られたと聞いています」
○鷲沢社長:「そうだ」
●正田課長:「前の銀行はブラック企業でしたか」
○鷲沢社長:「いや。確かに厳しいところだったが、誇れる組織だった」
●正田課長:「離職者はどうですか」
○鷲沢社長:「銀行だからな。一定の年齢になると、事業会社へ転籍になる。辞めてベンチャー企業を始める者も結構いた」
●正田課長:「私も前の会社を辞めてここに来ました。前の会社は、いい会社でしたよ。厳しかったですが色々学ばせてもらいました。社長がいた銀行も私がいた前の会社も、どちらも人が辞めたわけですが、良い組織だったと我々は言っています。つまり、人が辞めていくことは組織の汚点ではありません。商品のキズでもなければクレームでもないのです。商品のキズやクレームをゼロに近づける努力は必要ですが、離職者をゼロにするという発想はおかしいです」
○鷲沢社長:「うーん」
●正田課長:「社会も業界も、そして会社も常に変化しています。変化についてこられない人もいれば、変化の行方に共感を持てない人もいるでしょう。従業員の事情も変化しています。実家に戻らなければならない人もいれば、新たなことにチャレンジしたいと考える人もいます。いずれの場合でも辞めるという選択になるかもしれません」
○鷲沢社長:「まあ、そういうことになるな」
●正田課長:「ポジティブに物事をとらえ、新たな人生を歩みだそうという人まで、思いとどまらせるのですか。そうでもしないと離職者をゼロになんてできません」
○鷲沢社長:「その通りだな」
●正田課長:「わかっていただけましたか」
○鷲沢社長:「よくわかった」
●正田課長:「……。失礼ですが、妙に素直ですね、社長」
「実はな、私自身が辞めようと思っている」
○鷲沢社長:「実はな」
●正田課長:「どうかされましたか」
○鷲沢社長:「私自身が辞めようと思っている」
●正田課長:「えっ?」
○鷲沢社長:「ある広告代理店から、ぜひとも社長を引き受けてほしいと言われている」
●正田課長:「な、なんと」
○鷲沢社長:「正田軍次課長、いや、ショーグン課長。後は頼むぞ」
●正田課長:「じょ、冗談でしょう?」
○鷲沢社長:「その広告代理店の創業社長が病気で亡くなったのは7月だ。銀行時代まで含めると長いお付き合いで大変世話になった。『私に万一のことがあったら後は鷲沢に』と言い残されたそうだ」
●正田課長:「だからと言って」
○鷲沢社長:「最後にお会いしたとき、『これからいよいよグローバルに打って出る』と熱く語っておられた。さぞ無念だったと思う」
●正田課長:「……」
○鷲沢社長:「ショーグンの言葉で覚悟が決まった。君の言う通りだ。何事も変化する。ポジティブな離職もある」
●正田課長:「……そんな。考え直していただけませんか」
○鷲沢社長:「『辞めるというなら辞めればいい』と言われてすっきりしたよ。どうした。なんだか顔色が悪いぞ」
●正田課長:「社長が退職するって聞いたら、誰だって動揺しますよ」
○鷲沢社長:「大丈夫だ。ショーグンもさっき言ったじゃないか。『一人や二人、退職者が出たからといって、動じる必要はない』と」
従業員が離職したら駄目という話ではない
離職率が低い、それをもって「ホワイト企業」と呼ぶようになってから、離職者が出ることを恐れる企業が増えています。
離職率や離職者数ははっきり見える数字ですが、結果の数字だけ見ていても問題の所在はわかりません。
いい会社であるかどうかを論じるのなら、その指標として最も参考になるのはやはり財務諸表です。財務が不健全なのに、離職者が少ない企業もあります。業績が悪化しているのに、従業員の大半が会社に不満を持たない場合もあります。
離職は色々な要因が絡み合って起こる出来事です。原因を探ることは必要ですが、離職率の数字だけに過剰反応しないようにしましょう。従業員が離職すると即駄目だ、という話ではありません。
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