私はクライアント企業の現場に入り、目標を絶対達成させるコンサルタントです。目標を達成するという成果のためにコンサルティングをするわけです。
この姿勢を「成果主義」と呼ぶことにします。「成果を出すことを最優先で考える主義」という意味で、いわゆる人事評価の成果主義とは別の話です。
ところが、いざ現場に入ると、社員のスキルアップを求めてくる企業が多いのです。「営業のスキルを上げてほしい。そうすれば営業目標を達成できるようになる」と仰るのです。
この姿勢を「スキルアップ主義」と名付けました。「まずスキルを上げることにこだわる主義」です。
それでは、スキルアップ主義の日高人事部長と成果主義の鷲沢社長との会話を読んでください。
●日高人事部長:「社長、今年入社した経理部の新人に、管理会計の知識を身に付けさせたいと思います。いい外部セミナーがありますので受講させたいのですが。2日間で10万円かかります」
○鷲沢社長:「いいだろう。当社は人で成り立っている商社だ。人財育成の投資を惜しんではならん」
●日高人事部長:「ありがとうございます。スキルアップは大事ですからね。それから第一線の営業に向けた研修もやりたいのですが」
○鷲沢社長:「ぜひやってくれ」
●日高人事部長:「営業スキルをアップさせないと、なかなか結果が出せないですからね」
○鷲沢社長:「……そうだな」
●日高人事部長:「コミュニケーションスキルの研修を考えています。プレゼンや提案の力を上げることはとても大切ですから」
○鷲沢社長:「うーん」
スキルアップに走る前にすることはないか
●日高人事部長:「それからロジカルシンキングも大切だと思います。お客様の問題解決をするのが営業の役割ですから、問題解決スキルもアップしてもらわないと」
○鷲沢社長:「……」
●日高人事部長:「コミュニケーションスキルの研修については先日、私が試しに受講してきました。なかなかの内容です。心理学の手法を駆使した最先端のテクニックを教えてもらえますので。社長、聞いていますか」
○鷲沢社長:「ああ」
●日高人事部長:「では研修の件、進めます」
○鷲沢社長:「ちょっと待った。どうも目的がよく分からない」
●日高人事部長:「営業のスキルアップですよ」
○鷲沢社長:「わかっとる」
●日高人事部長:「それでは……」
○鷲沢社長:「営業のスキルアップは大事だ。しかしうちの営業に今必要な研修はスキルアップじゃない」
●日高人事部長:「どういう意味ですか」
○鷲沢社長:「営業の役割は目標の達成にある。だから研修の目的は結果を出すようにすることだ。スキルアップじゃない」
●日高人事部長:「目標を達成させるためにスキルアップが必要なわけでしょう」
○鷲沢社長:「逆だ。スキルアップより結果が先だ」
●日高人事部長:「さっき『当社は人で成り立っている商社だ。人財育成の投資を惜しんではならない』と仰いましたよね」
○鷲沢社長:「話をずらすな。研修をすることに反対などしておらん」
●日高人事部長:「じゃあ、どういうことなんですか」
○鷲沢社長:「結果が出せるようになる研修を営業に受けさせろ、ということだ」
●日高人事部長:「ですから結果を出すにはスキル……」
○鷲沢社長:「止めろ。堂々巡りをしているぞ。じゃあ、聞こう。目標を達成する気がある営業はうちに何人いる」
●日高人事部長:「何人と言われましても……上期は一生懸命やってくれたと思いますが」
○鷲沢社長:「それは認める。だが、部課長があれこれ言ってきかせて、あそこまでにした、という面もある」
●日高人事部長:「確かに……」
○鷲沢社長:「あーでもない、こーでもないと、言い訳をする連中はまだいるぞ。そういう営業に研修を受けさせたところでスキルアップなどするものか」
●日高人事部長:「そ、そうかもしれません」
○鷲沢社長:「だいたい、研修を受ける気がある営業が何人いる」
●日高人事部長:「……研修を受けるくらいなら仕事をしていたほうがいい、とか言う営業が多いでしょうね」
○鷲沢社長:「その通りだ。にもかかわらず、こっちが期待した仕事をなかなかしてくれない」
●日高人事部長:「なるほど、それでしたらスキルアップ研修の前に、モチベーションアップ研修を受けさせるのはいかがでしょうか」
○鷲沢社長:「いい加減に現状維持バイアスをはずしたまえ。君の発想はことごとく、目標達成からずれている。当たり前のことをやるのにモチベーションなんて関係ない。市況が悪かったから目標達成は不可能。行きたくないお客様には足を向けたくない。出たくない研修には参加したくない。そもそもモチベーションが上がらない。そういう営業にどんなスキルアップを望むんだ」
●日高人事部長:「そ、そう言われましても」
○鷲沢社長:「経理部の新人はやるべきことをやっていると聞いた。ぜひともスキルアップ研修を受けてもらおう。将来のために管理会計などのスキルを手に入れてほしいからな」
●日高人事部長:「ということは当社の営業には……」
○鷲沢社長:「今の営業にスキルアップ研修など不要だ! やるべきことをやるようになる研修、目標を達成する習慣が身に付く研修を探し出して、それを受けさせろ。コミュニケーション能力を上げなくても、プレゼン能力が従来通りでも、目標を達成してもらう。スキルアップはその後だ」
個人のスキルを上げなくても結果は出せる
現場に入ってコンサルティングをするときに一番悩ましい問題は「スキルアップ主義」が根強いことです。経営者や管理職は営業のスキルアップを求めてきます。しかし、個人のスキルをアップしなくても結果は出せるものです。ほとんどのケースがそうです。
なぜそう言い切れるのか。コミュニケーション能力や提案能力がそれほど高くなくても、目標をきちんと達成する営業が一定数いるからです。これは現場で確認できます。他の営業も同じように「目標は達成するもの」と考えて動くようになれば、組織として結果を出せます。
もちろん、組織としての戦略とマネジメントも大事です。どのお客様の、どの役職の人に、どのタイミングで会い、どう継続して接触して、どんな話をするのか。その点をはっきりさせなければなりません。
明確な戦略に沿って接触を繰り返し、営業の材料である「予材」を潤沢に積み上げておけば、年間目標は必ず達成できます。繰り返しますが個人のスキルアップをしなくても可能です。
スキルアップをやたらと求める組織は、組織マネジメントを放棄し、個人の属人的な能力に頼っていると言えます。そうした姿勢を修正していかない限り、目標を絶対達成する組織にはなりません。
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