本連載は経営目標を絶対達成するためのヒントを、2分間で読める架空の対話形式でお伝えするものです。

 急逝した先代社長に頼まれ、広告代理店の経営を引き受け、奮闘してきた鷲沢社長でしたが、限界を感じ、外部のコンサルタントを招聘しました。

 今回から、いよいよ外部コンサルタントが入り込み、組織改革のために辣腕を振るい始めます。コンサルタントと鷲沢社長との会話をお読みください。

●小鹿コンサルタント:「社長、役員の方をはじめ、部長3名と面談いたしました」

○鷲沢社長:「ご苦労様。どんな話をされました」

●小鹿コンサルタント:「あなたが目指しているものは何ですか、と伺いました」

○鷲沢社長:「私への質問と同じですね」

●小鹿コンサルタント:「はい。社長は即答されました」

○鷲沢社長:「3年後までに海外拠点を3つ増やし、売上を1.5倍、営業利益を2倍にすること。この中期経営計画は先代社長の遺言のようなもの。絶対達成しなければならない」

●小鹿コンサルタント:「いつも意識している事柄は脳のワーキングメモリに常駐していますから、そういう風によどみなく出てきます。目指しているものは何か、漠然とした質問ですが、かえって相手が日ごろから何を考えているか、よくわかります」

○鷲沢社長:「で、どうでしたか」

「心の底からがっかりする」

●小鹿コンサルタント:「残念ながら、誰も先代社長が作った経営計画に言及しませんでした。唯一、常務だけがいくつかの数値目標を何も見ずに仰いましたが」

○鷲沢社長:「やはり。そうではないかと思っていましたが、改めてそう言われると、心の底からがっかりする」

●小鹿コンサルタント:「専務は自分で独立して新しいビジネスをやってみたいと話されていました」

○鷲沢社長:「先代の息子である彼にいつかは社長を譲らないといけないのですが今のままでは……」

●小鹿コンサルタント:「ほかの皆さんも色々仰っていましたが、どなたも中期経営計画に焦点を合わせていません」

○鷲沢社長:「数字に責任がある営業部長にいたっては『コーチングの技術を磨きたい』とか、まったく噛み合わない話をしてくる。色々な会社を見てこられてうちはどうですか」

●小鹿コンサルタント:「幹部の全員がこれだけ勝手な方向を目指している、という例はあまりないですね」

○鷲沢社長:「まさかこんなレベルだとは思わなかった。なんだかどっと疲れてきた」

●小鹿コンサルタント:「どこに問題があるか、はっきりしたからいいじゃないですか」

○鷲沢社長:「いいものですか。なんだか嫌味に聞こえる」

●小鹿コンサルタント:「幹部の皆さんの意識が低いから組織改革が遅々として進まない。だったら意識を変えればいい。それだけです」

○鷲沢社長:「それだけって……。それが難しいから困っている」

●小鹿コンサルタント:「なぜ幹部の皆さんは中期経営計画に焦点を合わせないのでしょう。社長はどうお考えですか」

○鷲沢社長:「あなたが言った通りでしょう。意識が低い」

●小鹿コンサルタント:「なぜ意識が低いとお考えですか」

○鷲沢社長:「なぜ意識が低いか。うーん、危機感が足りない。誰かが何かをやってくれる。自分の仕事じゃない。そう思っている。幹部がそうならこの会社は終わりだ」

●小鹿コンサルタント:「皆さんにも、そのように厳しく仰っていますか」

○鷲沢社長:「厳しいという意識は私にないのですが、『ケンカ腰』とよく言われます。部下と毎日のようにバトルしていますし」

●小鹿コンサルタント:「なるほど。頭ごなしにガツーンといくタイプですか」

○鷲沢社長:「そういうときもある。ただ、たまには必要だと思う」

●小鹿コンサルタント:「はい、必要だと思います。たまには」

○鷲沢社長:「ちょっと鼻につく言い方をされますね。失礼だが、あなたに何がわかる」

●小鹿コンサルタント:「先代の社長が急逝してすぐ、こちらの会社に来て、社長に就任され、人心の掌握にご苦労されたことは承知しております」

○鷲沢社長:「……。ところで君はいくつですか」

●小鹿コンサルタント:「40歳です」

○鷲沢社長:「若い。どれぐらいコンサルティングの経験があるのか分からないが、うちみたいな状況に立ち会うのは珍しいだろう」

●小鹿コンサルタント:「はい。初めてです」

○鷲沢社長:「厄介な会社を受け持った、と思っているだろうな」

●小鹿コンサルタント:「いえ。今年3月まで受け持っていた会社の社長は32歳でした」

○鷲沢社長:「ほう」

●小鹿コンサルタント:「創業120年の老舗なのですが会長と社長との仲が悪く、お家騒動になりました。結果として会長も社長も同時に退き、社長の息子が29歳でその会社を引き継いだのです」

○鷲沢社長:「……」

●小鹿コンサルタント:「29歳の社長は父が社長をしていた会社に入る前は海外の研究施設で畑違いの研究をしておられました。経営や事業には無縁で、親の会社を継ぐ気持ちはまったく無かったそうです」

○鷲沢社長:「それじゃあ、大変だっただろう」