現場をよく知らない上司などから、頭ごなしに「時短だ」「残業をするな」と言われ続けると、心身の調子を崩します。パニックになる人も出かねません。私はこれを「ジタハラ(時短ハラスメント)」と呼んでいます(関連記事『「ジタハラ(時間ハラスメント)」が急増する』)。
長時間労働の是正はすべての日本企業に課せられた責務です。だからといって現場感覚に乏しい人がいわゆる「上から目線」で時短を強要すると、ジタハラになり、目標を達成しようという意欲を持つ真面目な人を苦しめる危険があります。
ジタハラを防ぐにはどうすればよいでしょうか。鳥山人事課長と鷲沢社長の会話文を読んでください。
●鳥山人事課長:「社長、人事部の残業時間、ずい分と減ってきました」
○鷲沢社長:「成果が出てきたか」
●鳥山人事課長:「本気になると時短はできるものですね」
○鷲沢社長:「追い込まれると本気になって創意工夫をするからな。私は50歳から単身赴任を続けたせいで色々な『時短レシピ』を考案した。短時間で美味い料理が作れると喜びも格別だ」
●鳥山人事課長:「ご自分で料理をされるのですか」
○鷲沢社長:「必要に迫られたからな。やってみると気分転換になる」
●鳥山人事課長:「見習いたいですね。私は外食ばかりです」
○鷲沢社長:「工夫が足りんぞ。何事にも創意工夫する癖を付けたほうがいい。外食だけだと不健全になる」
●鳥山人事課長:「労務管理も同じですね。工夫して長時間労働を是正しないと経営も不健全になります」
○鷲沢社長:「その通り。残業が多い会社にいい人は来ない。引き続き、時間管理をしっかりやってくれ。人事部がすべての部署の見本にならないと」
●鳥山人事課長:「はい。ところで社長、相談があります。営業部で極端に残業が多い課があるのです」
○鷲沢社長:「ああ、獅子山課長のチームだろう」
●鳥山人事課長:「ええ、もう一つ、子犬課長のチームもそうです。人事として見過ごせませんから手を打ちたいのですが」
○鷲沢社長:「ちょっと待て。子犬課長のチームはいいが、獅子山課長のところはもう少し様子を見たい」
●鳥山人事課長:「どうしてですか」
子犬は叱る、獅子は様子を見る、その理由は
○鷲沢社長:「子犬課長のチームは目標達成まで後少しだ。営業の材料である『予材』を目標予算の2倍仕込んで管理できている。予材管理が定着してきて、勝利の方程式が見えてきた」
●鳥山人事課長:「とはいえ子犬チームは平均すると営業一人当たり60時間ぐらいの残業です。もっと短くしてもらわないと」
○鷲沢社長:「60時間は多いな」
●鳥山人事課長:「しかも月に2回ほど休日出勤をしている営業が3人もいます。彼らは80時間を超えています」
○鷲沢社長:「それはいかん。すぐ子犬を呼べ」
●鳥山人事課長:「獅子山課長は呼ばなくてよいのですか」
○鷲沢社長:「呼ばない。さっき言った通り、様子を見よう」
●鳥山人事課長:「しかし彼のチームも残業が平均60時間あります。休日出勤はほとんどないのですが状況は子犬チームと同じです」
○鷲沢社長:「獅子山チームには予材管理が定着していない。予材の埋蔵量が多い顧客を探すのに苦労している」
●鳥山人事課長:「獅子山チームは大口顧客の担当ですから予材は色々ありそうですが」
○鷲沢社長:「それが裏目に出ている。取引先に恵まれ過ぎて、『待ち』の営業になってしまった。チームに創意工夫する癖がない」
●鳥山人事課長:「コンサルタント出身の獅子山課長ですから創意工夫はお手の物ではないかと思いますが」
○鷲沢社長:「彼なりに考えているようだが、チーム全員が工夫しなければならん。予材管理を導入したら、このお客ならこのくらい予材がありそうだ、と一人ひとりが仮説を立てないといけない。予材の量と中身を見れば、創意工夫する癖がチームにあるかどうか、すぐ分かってしまう」
「残業が多くて不安を感じるそうです」「言い訳だ」
●鳥山人事課長:「なるほど……。状況は分かりましたが、それでも様子を見るなんて悠長なことを言ってはいられません。他の部署に示しがつかないです。みんな創意工夫しながら時短に取り組んでいるのですから」
○鷲沢社長:「わかっている! 私にも葛藤がある。獅子山課長だってそうだろう。あまり急がせるな」
●鳥山人事課長:「実は獅子山チームの営業から退職願いが出ています」
○鷲沢社長:「何、誰だ」
●鳥山人事課長:「鮫貝です」
○鷲沢社長:「苗字のわりにおとなしい奴だな」
●鳥山人事課長:「社長、苗字は関係ないですよ。鮫貝に話を聞いてみると、残業が多くて将来に不安を感じると言っています」
○鷲沢社長:「言い訳だ」
●鳥山人事課長:「そんな、いきなり決めつけるのはいかがなものかと」
○鷲沢社長:「鮫貝君が一番結果を出せていない。予材もまるで仕込めていない。創意工夫する癖がないから頭を整理できない。獅子山課長も手を焼いている」
●鳥山人事課長:「そうなのですか。しかしまずは残業を減らし、彼を安心させないと」
○鷲沢社長:「奴の残業を減らしたらどうなるかわかるか」
●鳥山人事課長:「安心することはない、と仰りたいのですね……どうなるのでしょう」
○鷲沢社長:「パニックになる」
●鳥山人事課長:「ええっ!」
○鷲沢社長:「いいか、予材を増やすには創意工夫の癖、考える習慣が必要だ。ところが彼は人よりも考えるのに時間がかかる。時短だと言って、その時間を彼から奪ったらどうなる。混乱するに決まっている」
●鳥山人事課長:「考えるのもいいですが、もう少し効率よく営業できないのですか」
○鷲沢社長:「効率効率と言うな。営業はクリエイティブな仕事なんだよ。ルーティンワークなんてない。新規のお客様を開拓しようと思ったら想定外の連続だ。杓子定規に時短なんてできない」
●鳥山人事課長:「そうは仰いますが60時間もの残業を放置できません」
○鷲沢社長:「放置はせん。見守ろうと言っている」
●鳥山人事課長:「しかし……」
○鷲沢社長:「いい加減にしたまえ! 君ももう少し創意工夫しろ」
●鳥山人事課長:「う……」
ジタハラはパニックを引き起こす
○鷲沢社長:「時短、時短、と言いすぎると『時短ハラスメント』になってしまう。時短を強要するな」
●鳥山人事課長:「……ジタハラですか」
○鷲沢社長:「君は社労士の資格を持っていたよな」
●鳥山人事課長:「はい。なんとか資格をとりました。5年もかかりましたから落ちこぼれの社労士です」
○鷲沢社長:「冗談じゃない。仕事をしながらそう簡単に取得できる資格じゃないぞ。立派だ」
●鳥山人事課長:「ありがとうございます」
○鷲沢社長:「落ち続けたときは辛かっただろうな」
●鳥山人事課長:「まだ子どもが小さかったこともあって妻からいろいろ言われました。でも一度決めた以上、やり抜きたいと。まあ資格をとればいいってものではないですが、最後は執念でした」
○鷲沢社長:「執念は大事だ。執念で燃えている状況で、誰かから『勉強時間を30%カットしろ』と言われたらどう思った」
●鳥山人事課長:「え」
○鷲沢社長:「社労士の資格は持っていないし、試験も受けたことがない奴から、勉強時間が長すぎる、3割短くしろ、と言われたら」
●鳥山人事課長:「腹を立てたでしょうね。こっちは一所懸命やっているわけですから」
○鷲沢社長:「上司からそう言われたら」
●鳥山人事課長:「上司ですか、うーん」
○鷲沢社長:「社労士は絶対に合格しろ。でも仕事に影響が出るから勉強時間は3割カットしろ、と言われたら」
●鳥山人事課長:「そんな……無理です」
○鷲沢社長:「パニックになるだろう」
●鳥山人事課長:「なるほど、鮫貝もそうなりかねないと」
○鷲沢社長:「社労士の勉強のコツがわかってからなら時短もいいが、そうでないとしたらむやみに勉強時間を減らせない。獅子山課長は今、頑張って部下たちと向き合っている。もう少し見守ってやってくれ。猶予は8月までだと伝えてある」
一人ひとりの状態をよく見よう
ルーティンワークならともかく、創意工夫を伴う仕事であるなら、単純に時間で区切ることはできません。何か新しいことに慣れるまでに時間がかかる人もいます。
「時短だ」「働き方改革だ」「ワークライフバランスだ」と一律にプレッシャーをかけてしまうと、真面目に結果を出そうとする人ほど激しいストレスを覚えるものです。
時短ハラスメントにならないよう、一人ひとりの状態をよく見て、マネジャーはリードしていかなければなりません。今は時間をかけるべきだと思ったら、ある程度まで見守りましょう。休ませるべきだと思ったら、どうするか、それは言うまでもありません。
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