気の利いた言葉やフレーズを覚えたからといって会話がうまくなるわけではありません。また、喋りが上手かどうかも関係ないのです。
思っていることをすぐに口にしてしまう人、先入観がありすぎる人、思い込みが激しい人、早とちりが多い人、こうした人との話はなかなか噛み合いません。
話が噛み合わない猫山課長と、課長の欠点を気付かせようとする鷲沢社長の会話をお読みください。
●猫山課長:「最近、悩んでいます。会社を辞めようかと思って」
○鷲沢社長:「辞める? 私に話したかったことはそれか」
●猫山課長:「はい。真剣に考えています」
○鷲沢社長:「いつ辞める」
●猫山課長:「え」
○鷲沢社長:「辞めるんだろ」
●猫山課長:「いや、その」
○鷲沢社長:「辞めるって言ったじゃないか」
●猫山課長:「いや、その……。社長、引き留めないのですか」
○鷲沢社長:「引き留めてほしいのか」
●猫山課長:「……あの……。去年結婚して子どもが産まれたばかりですから、妻に相談しない限り、そう簡単に決断できません」
○鷲沢社長:「それなら奥さんに相談したまえ。私よりもまずは奥さんだろう」
●猫山課長:「子どもの世話で毎日大変なんです。そこに私が会社を辞めると言い出したら、どれだけの心労を妻が抱えるかと思うとなかなか言えません」
○鷲沢社長:「だったら辞めなければいいじゃないか」
●猫山課長:「ご存知のとおり、来年の2月からシンガポールで勤務するように命じられました。妻は子育てがあるから一緒に行けないと言っています。単身赴任はちょっと……」
○鷲沢社長:「それで会社を辞めようと思ったのか」
●猫山課長:「とはいえ、簡単に決められません。家の30年ローンがありますし」
○鷲沢社長:「ローンを返せばいいだろう」
●猫山課長:「社長!返すお金があったら、とっくに返済していますよ」
「悩みがあるなら何でも話せと言ったじゃないですか」
○鷲沢社長:「ならシンガポールへ行ったらどうだ。君は部長から期待されている。シンガポールは当社の重要な海外拠点だ」
●猫山課長:「それは分かっていますが妻と子どもと離れ離れになるのは嫌です」
○鷲沢社長:「じゃあシンガポールへ転勤しなければいい」
●猫山課長:「そういうわけにも……。部長からの命令ですし」
○鷲沢社長:「だから会社を辞めるのか」
●猫山課長:「そうです。いや……そうじゃありません」
○鷲沢社長:「どっちなんだ」
●猫山課長:「会社を辞めるわけには……。子どもが小さいですから……」
○鷲沢社長:「そうか、辞めないんだな」
●猫山課長:「や、辞めないとはまだ……」
○鷲沢社長:「じゃあ、どうする」
●猫山課長:「もういいです! 話になりません」
○鷲沢社長:「相談したいと言ってきたのは君だぞ」
●猫山課長:「先日の飲み会で『悩みがあるなら何でも俺に話せ』と社長が言ったからです」
○鷲沢社長:「確かに言った。だから話してみろよ」
●猫山課長:「話したじゃないですかっ!だいたい、社長はもともと銀行マンでしたよね。私たち広告マンの気持ちがおわかりにならないのです」
○鷲沢社長:「本当にそう思っているのか。銀行マンには広告マンの話が通じないのか」
●猫山課長:「いや、そうとは限らないこともあるでしょうが……」
○鷲沢社長:「やれやれ……。これだけ堂々巡りをしてもまだ、自分に問題があることがわからんのか」
「社長の私にいきなり相談するのは一種の逃避だ」
●猫山課長:「私の話し方ですか? これでも話し方センターに通っています。それほど下手だとは思いません」
○鷲沢社長:「表現の上手い下手じゃない。前から言おうと思っていたが、君とはいつも話が噛み合わない。話す姿勢を君が変えようとしないからだ」
●猫山課長:「……話す姿勢、ですか。話し方ではなく」
○鷲沢社長:「いいか、会社を辞めるとか辞めないとか、最もデリケートな話題だろう。それを社長に向かって気軽に言うのか」
●猫山課長:「で、ですから……社長が飲み会の席で何でも話せって言うから……」
○鷲沢社長:「その姿勢が問題なんだ。何でも話していいと言ったら、本当に何でも話すのか。デリケートなことを私に相談する前に、さっき話した通り、まずすべきことがあるだろう」
●猫山課長:「妻や部長に相談しろ、ということですよね。ですが、退職すると言ったら妻がどう思うか、転勤を断ったら部長に何を言われるか、考え込んでしまいます」
○鷲沢社長:「奥さんや部長に相談できない理由はそれだけじゃないな」
●猫山課長:「え」
○鷲沢社長:「君は人と話を噛み合わせるのが下手で相手にしばしば誤解を与えてしまう。なんとかしたいと思っているから、話し方センターに通っている。奥さんや部長に話しても、話が噛み合わなくなるのではないかと無意識のうちに心配している。同僚や社長の私にいきなり相談するのは一種の逃避だな、それも姿勢の問題だ」
●猫山課長:「そ、そうなんです!どうしてそれが」
○鷲沢社長:「5分も話せばわかるわ!銀行で働いていた時、鍛えられたからな。銀行員は話の噛み合わない社長としょっちゅう会話をする」
●猫山課長:「そうなのですか」
○鷲沢社長:「話が噛み合わない社長がいる企業は業績が悪くなる。伝えたいことをきちんと整理する前に口に出すから社員の心をつかめないし、話すことに必死で銀行が言っていることをよく理解できないからだ」
●猫山課長:「経営者でも話が噛み合わない人がいるのですか」
○鷲沢社長:「結構いるぞ。考えないで話す人が多い。課題やその場の状況を把握して質問したり、一応の判断をしてそれを言ったりするには、ちょっと考えなければならない。だが、そうしないで思ったことをどんどん話す社長がいる。何でも話してくださいと伝えると、後先考えず、何でも話す社長もいたな」
●猫山課長:「……それって私みたいですね」
○鷲沢社長:「少し考えてから話さなければならないことをそうしないで、しかも結論のようにいきなり伝えてしまうから、話が噛み合わなくなる」
●猫山課長:「どうしたらいいですか? どうやったらもっと話が通じるようになるのでしょう」
○鷲沢社長:「話をするとき、相手を外国人だと思い込んだほうがいい」
●猫山課長:「相手を外国人?」
○鷲沢社長:「君は英語が堪能だったな」
●猫山課長:「堪能とまで言えるかどうかわかりませんが、会話には不自由しません」
○鷲沢社長:「だから部長は期待してシンガポール転勤を命じたわけだ。日本人と話すより外国人と話したほうが通じるのじゃないか」
●猫山課長:「な、なぜ、それがわかるのですか」
○鷲沢社長:「外国人と話すとき、『相手は日本人じゃない、よく考えて丁寧に話さないといけない』という姿勢をとっているからだろう」
●猫山課長:「英語で話すときは一呼吸おいて、どう話すか考えています。同じように話せばいいわけですか」
○鷲沢社長:「置かれた状況と、そこでどう意思決定をするとどのような状況になるのかについてまず考える。その上で質問をするなり、予測を伝えるなりする。省略せず、相手がわかる言葉を選んで話す。これぐらいで通じるだろうと思っていないで、もっと気を遣って話をしないと駄目だ」
●猫山課長:「なるほど……」
○鷲沢社長:「奥さんと部長と話して埒が明かなかったら、もう一回、私に相談したまえ。当然だが君に辞めてもらっては困る」
●猫山課長:「あ、ありがとうございます」
○鷲沢社長:「もう一つ注意しておく。『会社を辞めるかもしれない』とあちこちで言うのは止めておけ。噂になっている」
●猫山課長:「誤解される言動は慎みます」
すらすら喋れなくても話を噛み合わせることはできる
噺家やニュースキャスターのようにすらすら喋ることができなくても、相手と話を噛み合わせることはできます。たどたどしい言い方のほうがかえって誠実さが伝わるケースもあるのです。
当たり前のようですが、考えてから話すことです。思い込みをしていないか自問してみましょう。そして相手の立場に立って、誤解を与えないように、丁寧に、省略せず、話をする。思いつきレベルのことを、相手を選ばずにすぐ口に出したり、早合点、早とちりをする人ほど話が噛み合わないものです。
Powered by リゾーム?