やってみなければわからないことなのに、考えてばかりいる人がいます。何も心配することなどないのに、不安に駆られてばかりいる人がいます。どちらも頭の中の雑念(ノイズ)にとらわれているのです。
インターネットの時代になり、便利になった半面、雑念に惑わされる人が昔よりも増えている気がしてなりません。
鷲沢社長と、入社2年目の営業、雛形くんとの会話を読んでみてください。雛形くんの頭の中にハエが飛んでいることがわかります。
●雛形:「社長、お呼びでしょうか」
○鷲沢社長:「ああ。なかなか話をする機会がないから、今日はわざわざ来てもらった」
●雛形:「はい……。ありがとうございます。私も社長とお話しするチャンスなんて、滅多にないですから」
○鷲沢社長:「入社して2年だったな」
●雛形:「ええ、今度の4月から3年目に入ります」
○鷲沢社長:「どうだ、営業に慣れてきたか」
●雛形:「そ、そうですね。……慣れてきたとは思いますが、十分に結果が出ていないので、その……心苦しいと言いますか、その」
○鷲沢社長:「確かに結果は出ていない。先日、君の上司の熊岡課長と話をした。君がなかなか目標を達成できない理由を聞いたら『彼はまだ2年目なので』と言っていた」
●雛形:「はあ、2年目は2年目ですが……」
○鷲沢社長:「それを聞いて私は熊岡課長を怒鳴りつけた」
●雛形:「え! それは……」
○鷲沢社長:「2年目だろうが、10年目だろうが、そんなことはまるで関係がない。確かに経験を積むことで効率よく目標を達成できるようになるだろうが」
●雛形:「ああ、そうですか……。はい」
○鷲沢社長:「私の言っている意味がわかるか」
●雛形:「ええと……。あの……言いにくいのですが、2年目と10年目ではやはり違うのではないでしょうか」
社歴は一切関係ない
○鷲沢社長:「違わない。ベテランより新人のほうが苦労するだろうが、目標は目標だ。目標は絶対達成しなければならない」
●雛形:「あ、そういう話ですか。新人でも2年目でも、目標を達成せよと。うーん……」
○鷲沢社長:「言うまでもないが、10年目と2年目の君とは目標の絶対額が違う。2年目ならこのぐらいはやってほしいという額を与えている。だから達成してもらわないと困る」
●雛形:「は、はい。肝に銘じていきます」
○鷲沢社長:「今期の達成率はこのままだと79%ぐらいか」
●雛形:「そんな感じです。80%を切るだなんて、本当に恥ずかしいと思っています」
○鷲沢社長:「その発想を止めたまえ」
●雛形:「え? ええっと……。何の話ですか。発想?」
○鷲沢社長:「達成率100%を0.1%でも下回ったら恥ずかしいのだよ」
●雛形:「0.1%でも……ええと99.9%は達成したわけですよね」
○鷲沢社長:「違う。達成していない。どうも君の思考パターンは気になるな。朝9時にお客様と打ち合わせの約束があった。ところが客先に着いたとき、9時を30分も過ぎていた。これはアウトだ。では9時5分に着けばセーフなのか」
●雛形:「い、いえ……。30分でも5分でも遅刻は遅刻ですから」
○鷲沢社長:「その通り。8時50分に着いたらどうだ」
●雛形:「セーフです」
○鷲沢社長:「目標達成の考え方もまったく同じだ。達成率100%以上がセーフ。100%を切ったらアウト。せめて90%台には乗せたい、なんて考えているようでは駄目だ」
●雛形:「いや、でも、それとこれとは、なんか、その……違うんじゃ、ないでしょうか。ああ、でも9時5分に着いたら遅刻か……」
勉強してから訪問するのではない
○鷲沢社長:「話を進めるぞ。君はお客様のところへ、なかなか足を向けないと聞いている。実際、他の営業に比べて半分ぐらいの訪問件数だ。専務の明石さんよりも少ないだなんて、おかしいだろう」
●雛形:「そ、それはそうですが……。でも私には製品知識もありませんし、なんと言いますか、その、業界の動向もまだまだわかっていませんから」
○鷲沢社長:「製品知識を身に付け、業界動向を理解してから、訪問しようという思考パターンも止めたまえ」
●雛形:「えっ」
○鷲沢社長:「訪問件数を増やすことで、製品知識が増え、業界動向もキャッチできるようになる。こう発想しなさい。これを逆算思考という」
●雛形:「うーん、そうは言いましても……」
○鷲沢社長:「なんだ」
●雛形:「ええと、訪問件数をひたすら増やすなんて、やはりおかしいです。今どき、そんな発想で営業をしている企業があるのでしょうか」
○鷲沢社長:「どこにもない、というのかね」
●雛形:「そりゃあ……そんな古い営業のやり方をしている企業なんて聞いたこともありませんが」
○鷲沢社長:「知っていると思うが、私を論破したいのであれば、数字で語りたまえ。日本には400万社近い企業がある。君はどれぐらいの数の企業について言及しているのかな」
●雛形:「いや、あの、その……」
○鷲沢社長:「入社2年目の君を責めたいわけではない。とにかく先入観を持たず、まずは決められた行動を淡々とこなしてほしい」
●雛形:「ええと、でも、いや、いくら社長でも、やっぱり納得できません」
○鷲沢社長:「納得?」
●雛形:「確かにまだ2年目ですが、ええと……自分なりの営業を確立した自信があります。私なりのやり方があるのです」
○鷲沢社長:「君の意見は尊重したい。しかし、君は行動量が少ないだけではなく、商談をものにするコンバージョン率が著しく低い。この資料を見たまえ。他の営業8人と比べれば一目瞭然だ。訪問件数とコンバージョン率には正の相関がある」
●雛形:「……」
○鷲沢社長:「この数字を見れば言い逃れはできない。守破離(しゅはり)という言葉がある。自分のやり方もいいが、まずは会社のルールを守り、成果を出してから、自分のやり方を見つけたまえ」
●雛形:「うーん、いや、そう言われましても……」
○鷲沢社長:「いい加減にしないかっ!」
●雛形:「ひゃっ……」
○鷲沢社長:「現状維持バイアスを外したまえ! 乱暴な言い方だが、たかだか2年働いたぐらいで、自分の形などできるものではない」
●雛形:「そんな」
○鷲沢社長:「君が10年選手や管理職だったら、もっと激しくどやしつけているところだ。もう一つ言っておく。君はパソコンの前に座っている時間が他の営業より長い。時間だけではなく、何をしているかも分かる。情報システム部門はアクセスログを保管しているんだから」
●雛形:「し……! し、失礼しました」
○鷲沢社長:「パソコンの件はもういい。それより君と会話してわかったことがある。君の脳の中にハエが数匹、飛んでいるぞ」
●雛形:「ええっ! ハエが……?」
○鷲沢社長:「ハエとは雑念のことだ。さっきから私が何か言うたびに、うーん……ええと……とか、唸っているじゃないか。雑念が多すぎる証拠だ」
●雛形:「そうかもしれません。色々と考えすぎてしまうのです」
○鷲沢社長:「さっきも言った通り、淡々とやればいい。製品知識や業界動向など知らなくても、君のような若手にはベテランにはない良さがある。私は君たちにそれを期待している。知らないからこそできることは沢山ある。“怖いもの知らず”という言葉もあるじゃないか」
●雛形:「いわゆる……チャレンジ精神、みたいなものですね」
雑念を振り払うために、今・ここ・自分に集中する
○鷲沢社長:「まあ、そうだ。ところで『マインドフルネス』という言葉を知っているか」
●雛形:「聞いたことがあります」
○鷲沢社長:「グーグルが取り入れて世界的に有名になった。インテルやフェイスブックも実践している」
●雛形:「いいですね。すごく良さそうに思えます。いわゆる禅ですよね」
○鷲沢社長:「そうらしい。と言っても坐禅を組むとかそういう話ではない。今・ここ・自分に神経を集中させる。すると雑念を振り払える」
●雛形:「今・ここ・自分ですか」
○鷲沢社長:「その逆が雑念だ。今ではなく、過去の出来事とか未来の予想とか。ここではなく、どこか別のところで、自分ではない誰か考えることを思い浮かべたりする」
●雛形:「なるほど、確かに。雑念って、ほとんどそうですね」
○鷲沢社長:「しかも今の時代、考えたことをすぐネットで検索したくなる。そうすると、雑念の種のようなものが、また頭に入ってくる」
●雛形:「それを除去するわけですね」
○鷲沢社長:「そうだ。例えば今日1日、お客様を10件まわるとする。それでどんな成果が出るかとか、お客様から何を言われるだろうとか、一切考えず、今・ここ・自分に意識を集中させる」
●雛形:「わかりました。パソコンを閉じる、立ち上がる、コートを羽織る、オフィスを出る、駅に向かう……そういう動作に焦点を合わせるわけですね」
○鷲沢社長:「飲み込みが早いじゃないか。そうだよ。一つひとつの動作に意識を向けたまえ。それだけでいい」
●雛形:「わかりました。パソコンの前でだらだらしていたから、雑念が消えなかったのですね」
○鷲沢社長:「さっと答えられるようになったじゃないか。君のような若い人は現状維持バイアスをすぐに外せる。とにかく、今・ここ・自分に集中して動いてくれ」
●雛形:「かしこまりました。社長! すっきりしました。ありがとうございます」
頭の中で飛び交うハエを追っ払おう
鷲沢社長が話していたとおり、グーグルをはじめ世界の名高い企業がマインドフルネスや禅の思想を取り入れた社内研修や実践会を定期的に開催しています。
「デジタルデトックス」や「IT断食」という言葉が出てくるくらい、私たちはノイジーな世界に生きています。そのことを自覚しないと脳内のノイズから逃れることはできません。
今に意識を集中させることで、考えても仕方のないことに悩まされないようにでき、行動力を高められます。無意識のうちに頭の中でおしゃべりをしている人はぜひ、今・ここ・自分に意識を向け、頭の中で飛び交うハエを追っ払いましょう。
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