ピン!とこない人がいます。上司が部下に一所懸命、話をしています。ところが、部下は上の空、ピン!ときてないのは一目瞭然です。
どんなに力説しても、こちらの考えをまるで理解されないことがあります。なぜそうなってしまうのでしょう。
亡くなった先代社長の息子である犬神専務と、大リーグでスカウトと選手育成の仕事をしていた球田コンサルタントとの会話を読んでみてください。
●球田コンサルタント:「犬神専務、初めてお会いします。よろしくお願いします」
○犬神専務:「こちらこそ。もっと早くお会いしたかったのですが、会社を留守にすることが多いもので」
●球田コンサルタント:「御社を承継されるために色々勉強をされているとか」
○犬神専務:「ええ。父の後を引き継いでくださっている鷲沢社長は銀行出身で、事業会社の経営経験もお持ちです。それに比べ、私は長く留学をしていましたので経営を知りません。そもそも世間のことさえ、よくわかっていないので日々勉強です」
●球田コンサルタント:「どんな勉強をしているのですか」
○犬神専務:「後継者になるための講座が沢山あるのです。そういう講座を色々受けています。財務が中心ですが、法律やマーケティング、物流、ITなど多岐にわたります」
●球田コンサルタント:「なるほど。勉強もいいですが、もう少し現場に顔を出してはどうですか。頭でっかちに経営はできない。現地、現実、現場が大事。そういうことは講座で習いませんか」
○犬神専務:「私が担当していた新規事業を止めた後、鷲沢社長に言われてお客様まわりをしました」
●球田コンサルタント:「それは結構。ただし続けないと。野球で強くなるにはトレーニングとその継続です。野球理論の勉強だけではダメです」
○犬神専務:「なるほど。スポーツで思い出しましたが、私が受講している講座にラグビーの監督をしていた方がチームビルディングの講師で来ています。野球もチームビルディングは大事でしょうね」
●球田コンサルタント:「その通りです」
○犬神専務:「当社でもチームビルディングの指導をしてくださるのですか」
●球田コンサルタント:「いえ、チームビルディングは教えるものじゃありません」
○犬神専務:「どういうことですか」
●球田コンサルタント:「高い目標を設定する。目標を絶対達成しようと努める。その結果、チームがまとまる。これがプロのチームビルディングです」
○犬神専務:「へえ」
●球田コンサルタント:「わかっていますか」
○犬神専務:「ええ、わかっているつもりですが」
●球田コンサルタント:「ピン! ときてないのでは」
○犬神専務:「そうでしょうか。自分なりに理解しているつもりです」
●球田コンサルタント:「自分なりに、ですか」
「どうしてなのか、ピン! ときませんか」
○犬神専務:「それでは何について指導されているのでしょうか」
●球田コンサルタント:「『予材管理』の定着、それによる営業目標の絶対達成です」
○犬神専務:「予材管理、いいですね。鷲沢社長が推し進めている、営業目標の2倍の材料を予め仕込んでおく手法ですね。絶対達成という言葉には、いまだになじめませんが、手法はよいと思いました。予材管理を当社の企業文化にしてもらいたいです」
●球田コンサルタント:「そんな風にサラリと言ってくださるのは専務だけです」
○犬神専務:「そうなのですか」
●球田コンサルタント:「常務も、部長も、課長たちも、予材管理と聞いただけで苦虫をつぶした顔を露骨にします」
○犬神専務:「どうしてですか」
●球田コンサルタント:「どうしてなのか、ピン! ときませんか」
○犬神専務:「ピン! ですか。いえ……」
●球田コンサルタント:「ピン! と来ない人に説明するのは難しい」
○犬神専務:「お言葉ですが、ピン!と来ることに、どうしてこだわるのですか。私にはよくわかりません。みんな予材管理を定着させようと本気になって取り組んでいるのでは」
●球田コンサルタント:「本気かどうか、疑問です」
○犬神専務:「なぜですか」
●球田コンサルタント:「ピ……。いや、失礼。説明しましょう。営業目標の2倍の予材を仕込むこと、それ自体に抵抗を覚えるからです」
○犬神専務:「2倍といっても、仕込むだけですよね。社長から聞いています。実際の商談になるかどうかさておき、仮説を立てるだけですから、やるだけでしょう」
●球田コンサルタント:「確かにやるだけです。が、従来のやり方から変わる。だから嫌なのです。いわゆる現状維持バイアスにかかっているので」
○犬神専務:「現状維持バイアスって大げさな。2倍の仮設を立てるだけなのに、何がそんなに大変なのですか」
●球田コンサルタント:「大変だと私が言っているわけではない」
○犬神専務:「仮説を立て、仮説の通り、商談が出てくるかどうか、お客様のところへ足しげく通って検証していく。私はそう社長から聞いています」
●球田コンサルタント:「その通り」
○犬神専務:「それだけじゃありませんか。とても理にかなったやり方です」
●球田コンサルタント:「理屈通りにいかないものです」
○犬神専務:「まったく理解できません」
●球田コンサルタント:「まったく話が噛み合わない」
○犬神専務:「そんな言い方をしないで、私にもわかるように説明してください」
●球田コンサルタント:「わかるように説明しろと言っても、現場に出ていない、ピン!ときてないあなたにどう説明したらよいのか」
○犬神専務:「またそれですか。ピン!ときてないって言われても」
●球田コンサルタント:「堂々巡りだ。話を変えます。専務が通っている講座は週末も開催されますか」
○犬神専務:「ええ。月に2回、土曜日に講座があります。さらに優良企業への視察ツアーに土日泊まりがけで行ったりします。先日の3連休はシンガポールへ行きました」
●球田コンサルタント:「ほう。海外にも」
○犬神専務:「上海やシリコンバレーにも行きました」
「奥様から不平を言われませんか」
●球田コンサルタント:「また話を変えますが、最近、ご結婚されたとか。奥様はどんな方ですか」
○犬神専務:「大企業の常務の娘さんで、まあ、お嬢様です。おっとりしています」
●球田コンサルタント:「専務が留学中、海外の大学院で知り合われた。お嬢様が大学院を修了され、めでたく結婚された」
○犬神専務:「よく御存じで」
●球田コンサルタント:「週末、講座へ通ったり、海外へ視察旅行に行ったりすると、不平を言われませんか」
○犬神専務:「えっ!」
●球田コンサルタント:「図星ですか」
○犬神専務:「どうしてわかったのですか」
●球田コンサルタント:「……」
○犬神専務:「まったくその通りです。私は将来社長になるために一所懸命勉強している。それなのに彼女はわかってくれません」
●球田コンサルタント:「……」
○犬神専務:「事業承継をするためには経営の勉強が必要です。他の会社の後継者たちと交流することも大事です」
●球田コンサルタント:「そうでしょう」
○犬神専務:「私だって、父が亡くなり、勉強を断念し、日本へ戻ることにしたとき、葛藤があったのです。しかし、彼女ときたら、まるで理解してくれない。先週末も、『来週の土曜日に後継者の集まりに出かける』と伝えたら、『私と仕事とどっちが大切なの!』と泣き始めました」
●球田コンサルタント:「わかります」
○犬神専務:「球田さん、わかりますか。どうして妻は不満ばかり抱くのでしょうか」
●球田コンサルタント:「ピン!ときていないからです」
○犬神専務:「……」
●球田コンサルタント:「一度も社会に出たことのない奥様は専務が週末どうして勉強しなければならないのか、ピン!とこないのです。専務が理屈を言っても通じません。予材管理の導入に現場が苦労している理由を専務に説明しても通じないのと同じです。現場を知らないと、ピン!ときません」
多くの経験を部下に積んでもらうしかない
ピン!とこない人は、知識あるいは経験のどちらか、もしくは両方が圧倒的に足りない。こう言えるでしょう。
私が小学生の子どもに「経営コンサルタントとはこういう仕事のこと」と、かみ砕いて説明しても、理解してもらえません。小学生にはピン!とこないことだからです。
部下がピン!ときてないと、話が噛み合わず、前に進みません。上司はどうしたらよいでしょう。口をすっぱくして繰り返しても、ピン!ときていない部下には通じません。
残念ながら即効薬はありません。上司が言うことに対して、ピン!とくるように、多くの経験を部下に積んでもらうしかありません。
上司と部下の対話が重要と言われています。「上司の指示に対し、何か言いたくなっても、まずやってみる。何か言いたければ、やってから」。こういう主張は時代錯誤に見えますが、経験の大事を説いていると思えば、一つの真理です。
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