新人や若手社員が配属されても、ろくに関心を持たない先輩がいます。部下から何か言われたら対応するものの、そうでなければ声を掛けられるまで何もしない上司がいます。
もっと酷いのは、悩みを抱えて誰にも相談できず、組織に溶け込めない若手を見て、「採用ミスだ」と断じてしまうことです。
今日のバトルは社長の鷲沢と人事部長の日高です。「採用ミス」を連呼する日高に鷲沢が応戦する様をお読みください。
●日高人事部長:「社長、昨年入社した新人が辞めると言ってきました。1年もたなかったようです」
○鷲沢社長:「なんだって」
●日高人事部長:「このところ新人を採っても、長続きしない子ばかりで」
○鷲沢社長:「どうしてこんなことが起こるのか」
●日高人事部長:「申し訳ないです。採用ミスとしか考えられません。当社が欲している人材とは違っていたのでしょう」
○鷲沢社長:「やり方の問題なのか」
●日高人事部長:「はい。エントリーシートをもう少し練り直してみます。求人広告を出すサイトも吟味します。これまで大学の名前や保有資格にこだわってきましたが、それらの条件は取っ払いたいと考えています」
○鷲沢社長:「どうして」
●日高人事部長:「結構いい大学を出て、資格も持っている学生がここ数年採れていたのですが、その後の結果はご存じの通りです。そもそも当社のような中堅の商社に、そんな優秀な学生が来ても、やる気がなかなか出ないのでしょう。この際、割り切ってハードルをもっと下げようかと」
○鷲沢社長:「下げる? 具体的にどう変えるつもりだ」
●日高人事部長:「間口をもっと広くします。極端かもしれませんが、当社に興味を持ってくれれば誰でもいいかと。そのかわり、面接できっちり絞り込んでいきます」
○鷲沢社長:「面接で当社に合っていると見抜けるのか」
●日高人事部長:「そうするために採用面接の研修を受けているところです」
○鷲沢社長:「研修? 誰が受けるのかね」
●日高人事部長:「私や人事部の面々です。1人20万円ぐらいかかる研修ですが役立ちそうです」
○鷲沢社長:「と言っても、1人の学生を面接するのはせいぜい1、2回だろう。当社にマッチした人材かどうか本当にわかるのか」
●日高人事部長:「そこはエントリーシートでフィルターをかけていこうと思っています」
○鷲沢社長:「話に一貫性がない。誰でもいいと言ったじゃないか」
●日高人事部長:「さすがに誰でもいい、というわけにはいきません。当社に興味をもってくれたら、と申し上げました」
○鷲沢社長:「どうもよくわからんな。興味をもってくれるという条件がフィルターになるのか」
●日高人事部長:「エントリー数を増やします。そうすれば、うちに合った人材が応募してくる可能性が高まります。今回はハードルを下げるわけですから100人ぐらいエントリーしてくるかもしれません。去年だって2人の枠に64人もエントリーがあったくらいですから」
○鷲沢社長:「なんだ、そういう話か。ちょうどいい、前から言おうと思っていたことがある。君たち人事部は求人サイトに金をかけすぎだ。あれだけ使えば、そのくらいのエントリーが来るのは当たり前だ」
●日高人事部長:「いえいえ、ネットでもっと露出をしていかないと学生の目に留まりませんよ、今の時代は」
○鷲沢社長:「わかっていると思うが当社は再建中の身だ。採用にそんなに金をかけるわけにはいかん」
●日高人事部長:「何を言っているのですか。人に金をかけなくてどうします。けちくさいことを言う経営者のところに、いい人材は集まってきません!」
○鷲沢社長:「人じゃない、私は採用に金をかける必要はないと言ったんだ。従業員のためにはしっかり金を使うつもりだ」
●日高人事部長:「それは結構ですが、そもそもの採用をうまくやらないと、金をかけるに値する新人を採れませんよ」
○鷲沢社長:「新人と言えば、昨年入社した2人のうち、もう1人をどう見ている。辞めると言い出してないほうだ」
●日高人事部長:「小清水さんのことですか。彼女は経理に配属されて元気にやっていると思いますが」
○鷲沢社長:「他に耳に入っている情報はないのか」
●日高人事部長:「ええ、別にこれといって何も耳に入ってきませんが」
○鷲沢社長:「耳に入らなければ元気にやっているということになるのか。新人への配慮が足りなくないか、人事部長のくせに」
●日高人事部長:「どういうことですか」
○鷲沢社長:「小清水は入社して半年ぐらいから産業医へ通うようになった。記録によると4回受診している」
●日高人事部長:「そ、そうなんですか」
○鷲沢社長:「どうも経理の主任との人間関係が良くないらしい。調べてみると彼女の残業がこの3カ月、異常に多い。生産性が落ちているんじゃないか?」
●日高人事部長:「なんていうか……。有名大学を出たお嬢様だからでしょう。プレッシャーに弱い性格なんですよ。彼女も採用ミスですな」
○鷲沢社長:「何だって」
●日高人事部長:「最近入社してくる子は本当に打たれ弱いんです。採用面接のときにそれを見抜けたら良かったのですが……。私の責任です」
○鷲沢社長:「さっきから採用ミス、採用ミスと言って殊勝な顔をしているが、新人の彼ら彼女らに失礼だと思わんのか!」
●日高人事部長:「だ、だって採用ミスに違いありませんよ。アヒルの子は結局、白鳥になんて、なれないんですから」
○鷲沢社長:「口を慎め! アヒルだろうが白鳥だろうが関係ない! 仕事ができるかできないのかの話だ」
●日高人事部長:「いや、社長……。ですから二人とも仕事ができないわけで……」
「仕事ができないようにしているのはお前だ!」
○鷲沢社長:「できないようにしているのはお前だ! 採用した後のことにまったく関心がない。人材育成についてはどうなっている!」
●日高人事部長:「研修制度は整えてあります。でも社長、まずは採用ですよ。いい人材さえ採用できれば、育成だって楽になります」
○社長:「えええーいっ! いい加減にしたまえ!」
●日高人事部長:「あ、いや……」
○鷲沢社長:「いつまで現状を変えないつもりか! 将来の大きな報酬よりも目先の小さな報酬か! それを現状維持バイアスと言うんだ」
●日高人事部長:「く……。げ、現状維持ですか」
○鷲沢社長:「いい加減、現状維持バイアスをはずしたまえ! はっきり言っておく。採用にばかり力を注ぐのは許さん」
●日高人事部長:「そ、そう言われましても……」
○鷲沢社長:「採用面接がうまくなるとかいう研修は自分達で受けているくせに、どうして新人や若手の教育に力を入れない」
●日高人事部長:「さっきも言いましたが制度はあります。手を挙げれば誰でも研修は受けられます」
○鷲沢社長:「ほーそうか。手を挙げて研修を受けたがる社員はどれほどいるのかね。昨年は4人しかいなかった。しかも全員、部課長だ。若手はどうなんだ、若手は。手を挙げない若手を採用した私のミスです、なんて抜かすなよ」
●日高人事部長:「……」
○鷲沢社長:「どうして声がかかるのを待っているんだ。なぜ、自分から若手や新人たちに声をかけない。残業時間がどうのこうのというメールが君たち人事部からやたらと飛んでくる。パソコンの前に座っていないで若い子と面と向かって話をしたらどうだ」
●日高人事部長:「そ、それは……」
○鷲沢社長:「人事部長の君が率先して声をかけないで、どうする。将来ある若者のキャリアに関して相談に乗る、それが人事の仕事というものだ。今の君は人事部長ではなく、ただの採用部長だ」
●日高人事部長:「さ、採用部長ですか」
○鷲沢社長:「『指示待ち部下』も良くないが『相談待ち上司』はもっとたちが悪い。上司から『いつでも相談してくれ』と言われても、なかなか相談しにくいものだ。だから上司が日頃から声を掛ける必要がある」
●日高人事部長:「確かに相手から何か言ってくるのを待っていたようです。『相談待ち上司』にならぬよう、声をかけていきます」
組織に溶け込めないとすべてが水の泡
採用はとても大切だと、そこにコストと時間を費やしてばかりいる人事部があります。採用は大事なのですが、採用した人たちのキャリア形成はもっと大事です。
組織に溶け込むための手助けやケアを疎かにしていると、どれほどコストと時間をかけて良い人材を採用していても、すべてが水の泡になります。
若い人たちの不本意な離職は当人にとっても組織にとってもダメージを与えます。人事部門はもちろん、周囲も含め、会社全体で若手を支えていく必要があります。言うまでもないですが、甘やかすということではありません。
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