「ジタハラ」がこれから問題になってくると私は見ています。ジタハラとは「時短ハラスメント」のことです。
上司が部下に対し、頭ごなしに「時短だ」「定時に帰れ」と言い続けると、部下に対する一種の苛めになりかねません。
なぜでしょうか。次の会話文をお読みください。
●柳本課長:「社長、この数字を見てください。わが課の労働時間の推移です。昨年1月から7月までと、8月から12月までの平均労働時間を比べてみました」
○鷲沢社長:「7月から残業削減に乗り出したと聞いている」
●柳本課長:「はい。社長が当社にいらっしゃる前からです」
○鷲沢社長:「その成果を見ろ、ということだな。月平均で20時間ほど残業が減っている」
●柳本課長:「こちらに別の資料があります。他の営業課と比べてください。私の課と比べると15時間くらい残業が多いです。つまり、他の営業課はなかなか残業を減らせていないわけです」
○鷲沢社長:「君の課は結果を出しているということかな」
●柳本課長:「はい。自分で言うのは何ですが、やればできるものです。コツさえつかめば誰でもできます。要はやるかやらないかの違いです」
○鷲沢社長:「やるかやらないかの違い、というのはその通りだ」
●柳本課長:「他の課長は何をやっているのでしょうね。部長も部長です。残業を減らす気があるのかないのか。ここからが相談です。社長から部長や他の課長にもっと時短に取り組めと言っていただけませんか。私の課のメンバーが、自分たちだけ早く帰るのは気がひけると言うものですから。私が部長に頼んでも、なかなか聞いてもらえません」
○鷲沢社長:「君には娘さんがいたよな」
●柳本課長:「は? はい、小学校4年生の子がいます」
○鷲沢社長:「宿題は毎日出るか」
●柳本課長:「え、ええ。それが何か」
○鷲沢社長:「最近の子は宿題に追われる毎日を送っているのかな」
●柳本課長:「まあそうですね……。遊ぶ時間がないぐらい、宿題やら塾通いやら。我が家がとりわけ教育に力を入れているわけではないのですが」
○鷲沢社長:「寝るのは何時頃かね」
●柳本課長:「夜10時……いや11時ぐらいの時もありますね」
○鷲沢社長:「遅いな」
●柳本課長:「10歳にしてはそうかもしれません。私が小学生だった頃は9時までには寝ていましたね」
○鷲沢社長:「夜11時までに宿題が終わらなかったらどうする」
●柳本課長:「え」
「セクハラやパワハラは論外だが、ジタハラも許さん」
○鷲沢社長:「もう11時だから寝なさいと娘さんに言ったら、まだ宿題をやっていなかった、と答えた。君はどうする。もう遅いから寝なさいと言うのか」
●柳本課長:「そういうことは過去にないので……」
○鷲沢社長:「過去にないから考えなくてよいという発想は止めたまえ。君の悪い癖だ」
●柳本課長:「うーん、宿題をやらずに学校に行かせたくはないですね。悩みますが、がんばってやらせます」
○鷲沢社長:「何が正しいか、一概には言えないが、私もそうするだろう。その日の宿題はその日のうちに終わらせる。これを習慣にすることが大事だ」
●柳本課長:「社長、何をおっしゃりたいのですか」
○鷲沢社長:「もう少し私の話に付き合え。その日のうちにやる習慣が大事だとはいえ、毎晩12時とか、ましてや深夜1時まで宿題をさせるようなことはできない」
●柳本課長:「もちろんです」
○鷲沢社長:「それなら、どうやったら早く片付けて寝られるのか、それを考える」
●柳本課長:「そ……そう、ですね」
○鷲沢社長:「なぜ仕事でもそうしない」
●柳本課長:「えっ」
○鷲沢社長:「『えっ』じゃない。君はまだ仕事が残っている部下でも無理やり帰らせてるそうじゃないか。宿題が終わるまで頑張らせないのか」
●柳本課長:「そんなことはないですよ」
○鷲沢社長:「とぼけるな! 君の課のメンバーから直に聞いている。残業削減に協力しないなら評価を下げると部下に言ったそうだな。だが今期の目標指標に時短は入っていない。困った部下が営業部長に相談すると言ったら、君は脅したそうじゃないか」
●柳本課長:「お、脅しただなんて」
○鷲沢社長:「営業部長に告げ口したら、お前が見つけてきた大型案件を他の営業に渡す、それでもいいのか、と迫ったとか。紛れもなく脅しだな」
●柳本課長:「ちょ、ちょっと待ってください、社長。確かに言いましたが、酒の席です。冗談半分に言っただけで、いくらなんでもそれは……」
○鷲沢社長:「馬鹿野郎! そのせいで誰にも打ち明けられず、どうにもならなくなって私のところへ泣きついてきたんだぞ。これはハラスメントだ。時短ハラスメント、ジタハラだな。セクハラやパワハラをやる奴はほとんどの場合、自分がやっているという自覚がない。ジタハラの君もまさにそうだ」
●柳本課長:「そんな……。一人の言い分だけ聞いて私を責め立てるのですか」
○鷲沢社長:「新規開拓はどうなっている。他の課の連中が必死に新規開拓をしているのに君の課だけ、ほとんど開拓できていない」
●柳本課長:「……しかしですね、営業成績は落ちていません」
「私の目が節穴だと思うな!」
○鷲沢社長:「私の目が節穴だと思うな! 過去の貯金があるから今、落ちてないだけだ。予材はどうなっている」
●柳本課長:「商談の材料を目標額の2倍積んでおく予材管理ですね。ええと」
○鷲沢社長:「他の課は確実に予材を積み上げている。コツコツやってきて、目標の2倍に達しようとしている。君の課はどうだ。予材が増えるどころか減り続けている。病気にはなっていないが、身体の抵抗力が落ちている状態だ。売り上げ実績だけ見ていて経営ができるか。私は課のパフォーマンスを予材で判断する」
●柳本課長:「……」
○鷲沢社長:「セクハラやパワハラは論外だが、ジタハラも許さん。やるべきことをやらせず、強引に帰宅させるのは止めろ」
●柳本課長:「どうすればいいのでしょうか」
○鷲沢社長:「君の娘さんの例え話をしただろう。まずはやるべきことをやらせる。それができるようになったら業務を見直し、残業を減らしていくのが大原則だ。やるべきことをやらせるのに長時間の残業が生じるなら、それは君のやり方がマズイからだ。出発点は残業削減じゃない。手順を間違えるな」
目標を達成できない組織に仕事の仕分けは不可能
長時間労働の是正は日本企業にとって重要な課題となっています。現場に入って目標を絶対達成させるコンサルタントとして私は、長時間労働が常態の企業であれば無駄な残業を絶対に削減させます。
ただし、当然のことながら時短を進める前提条件は「売り上げや利益目標を達成した状態」あるいは「達成できる状態」になっていることです。仕事があるにもかかわらず、なりふり構わず「残業をしないで帰れ」と言うわけにはいきません。
目標を達成させるためにはどれぐらいの仕事が必要か。どんな仕事が必要でないか。こうした点を仕分けすることになります。
目標を達成できてもいない組織に仕事の仕分けができるでしょうか。できないのです。
目標の達成率が90%だったら、あと10%、売り上げを増やせばいい、仕事も1割増。こんな単純な話ではありません。10%を上積みするためには、仕事の量を2倍あるいは3倍にしなければならないかもしれません。
3倍なんてとても無理だとなったら、仕事の中身あるいはやり方を大きく変えるしかありません。ボタンひとつでパソコンが再起動するように、仕事のやり方をすぐにリセットできるかというと、できません。
特にお客様と直接向き合っている営業の職場では、複雑に絡み合った人間と人間とのややこしい関係を調整し、仕事量のバランスを保ちながら、徐々にあるべき姿へと近づけることになります。新しいやり方を見つけるために試行錯誤の時間が一定量必要になります。
にもかかわらず、世間体を重んじすぎて、「時短だ」「残業ゼロ」「長時間労働を撲滅せよ」とマネジャーが叫び、「帰りたまえ」と強制したらどうなるでしょう。真っ当な現場であれば「ちょっと待ってください」と言いたくなります。その声を押し潰そうとするなら、まさにジタハラです。
繰り返しますが長時間労働を是正することは、すべての日本企業に課せられた責務です。だからといって現場感覚のない上司が時短を強要すると、結果を出したい、目標を達成したいという意欲の高い真面目な部下を苦しめます。
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