量が多いだけでは実現しない集中/共同購買

 これまでに述べた点を踏まえても、ただ量が多く購入額が大きいからといって、集中/共同購買のメリットは出ない。実際の農業資材が使用される状況を見ないと、購入ボリュームだけを背景にした有利な購買は実現しない。

 これは農業資材に関わらず、一般企業が取り組む集中/共同購買でも同じだ。集中/共同購買は、数量をまとめてスケールメリットを追求すれば、購入品単位当たりの価格が下がるセオリーを活用したコスト低減手法だ。その原理が極めて明快で、消費者としてもまとめ買いで低価格のメリットを実感する機会が多いためか、取り組む企業は非常に多い。これまでに購入していた数量よりも多く購入すれば、コスト削減が実現する根拠になる。

 しかし実現するかどうかは別問題だ。数量をまとめた結果で、メーカーからの購入を基点にして、使用するまでのサプライチェーンが、数量がまとまった結果で、どのように効率向上に貢献するかが重要だ。

 集中/共同購買をやった経験がない人ほど、発注数量を「まとめる」という言葉を簡単に口にする。自分でコンビニではなく量販店に行って、今飲みたいペットボトル飲料1本だけではなく、将来に飲みたくなる分まで「まとめて」購入すれば、1本当たりの価格は安くなる。こういった日常的な経験論を、複数の企業間で構成されるサプライチェーンでも、同じように実現できると思うのがそもそも間違いだ。

 まず集中購買。もし現在必要以上に購買が分散していると判断するなら、分散した理由を明確にしなければ、その先にある集中購買は実現しない。また、同一企業内で同じサプライヤーに複数の購入窓口がある場合、本社で「集中」購買するといった取り組みが行われるケースが多い。各窓口の購入内容を単純にまとめただけ、購入条件はこれまでと同じく分散した工場に納めるのでは、サプライヤー視点で効率化が期待できるのは集中した窓口との交渉や調整業務のみだ。

 こういった小手先の集中購買は、一時的な効果が生まれても長続きせず、結果的にまた元に戻るだけだ。極論をいえば、分散され残された各窓口を廃止する覚悟がなければ、サプライヤーもお付き合い以上のメリットは提供しない。

 続いて共同購買。これは、同じ企業で異なる製品や事業だったり、異なる企業だったりが共同してサプライヤーと対峙する。同一企業で異なる製品や、異なる事業の場合は、どれくらい「まとまる」購入品があるのかをまず考える。そして購入する部材の種類を共通化したり、納入場所を同じにしたりするなどで、共同した結果で効率化する根拠が必要である。

 一方で、異なる企業間での共同購買は夢物語だ。違うマーケットで事業を行う企業であれば、共同購買も成功するかもしれない。しかし、おそらく購入品には共通項が少ないであろう。

 同じマーケットであれば共通項も増えるが、問題なのは販売市場では競合関係にあるにも関わらず、調達・購買部門だけで共同化する試みだ。販売市場で自社の優位性を際立たせなくてはならないのに、購入側では「共同」する取り組みが実現するはずはない。異なる企業間で共同購買を成立させる条件は、命令系統/主従関係の明確化だ。共同する試みにはサプライヤー対応の意志統一と発言の一貫性が不可欠だ。

 簡単に集中購買や共同購買を口にしたり、集中購買や共同購買の成果が現れていないと糾弾したりといった動きの背景には、単純にまとめれば、購入量が多ければ簡単に価格が下がるといった誤解が原因だ。集中や共同できなかった状態から実現させメリットを享受するには、現状究明しどうやって「まとめるか」の方向性の明確化が極めて重要になる。

 今回のJA全農の改革案に対して、食糧自給率を持ちだして食糧安保へと展開させたり、次回選挙の投票行動と絡めたりするのではなく、農業資材が高い理由/根拠の追及が行われないのが問題である。理由の追及なく、いきなり購買組織の縮小を掲げるのは、サプライチェーンへの理解の浅さを露呈している。日本の農業のさらなる弱体化を進めないだろうか、それが心配である。

 また、JA全農の現在の仕組みにも問題はある。現在の仕組みでは、肥料や農薬に代表される農業資材メーカーの購入代金に、手数料を上乗せして生産者へ販売している。この仕組みでは、メーカーからの仕入れ価格がアップすれば、JA全農の手数料もアップする可能性は否めない。生産者への販売価格を決定する仕組みの見直しと公開によって、農業生産者ファーストの仕組み構築を「自主性」で発揮し実行すべきなのだ。