(写真=山田 泰司)

 コンサルタントをしていると、つねにn数が話題になる。調査報告書をまとめる。世界の現状、潮流。そして打つべき施策。その論理に説得性と納得性をもたせるのは、つねに母数だ。「サンプル数は何人か」「それは一部の事象にすぎないのではないか」――。そういった質問と無縁だったことはない。だから多数の傾向から、なんとか現状を抉り出す結論を導く。

 しかし、コンサルタント自身がわかっているのだ。世の中がそれほど単純ではないと。そして、わかっているのだ。複雑な世界において、それを統一して記述できるほどの明確さは存在しないと。それをわかりつつコンサルタントは、さらに自身の論理性やデータを増すことでしか業務にあたることはできない。

 それなのに世界は、ずっとその論理世界からいたずらっぽく網の目を抜けて、ひとびとが想像できるていどの意味をはるかに超えていく。データを大量に集めた報告書よりも、たった一つの、n=1の個体のほうが、はるかに何かを訴える場合がよくある。

 たいしたエピソードではない。

 以前、ベトナムで日本へ招聘する実習生の面接を手伝った際の話だ。

 ベトナムの若者8人のなかから、2人を選抜しようとしていた。彼らは数カ月の日本語教育を経て、自己紹介を語り、そして日本での夢を語る。たどたどしい日本語で、語る内容はそれほど高度ではない。日本で技能を身につけ、そして帰国してやりたいことを述べる。

 ほとんどの受験者は型通りの受け答えをする。「必死で頑張る」「親も応援してくれている」「真面目なのが取り柄です」。テンプレートに飽きた私は、「帰国したら、自動車関連企業を興したい」と語る一人に、「じゃあ、預金の使いみちは」と聞いた。すると彼は「アマダのベンディングマシンを買う」といい、隣にあったパソコンでそれを調べて私たちに見せた。その後、「3年働いたお金でこれを買います」。そして、いくらで買えるはずだ、と述べた。

 もちろん彼をベトナムの若者代表として描くことはできない。ただ、ベトナムを彼のような若者が支えていき、そして、試行錯誤のなかから自動車のサプライチェーンに介在する企業群が生まれる、と予想することができた。

 「ベトナムは自動車輸入関税が高く自国産業が守られてきた。しかし、AEC(アセアン経済共同体)への加盟によって関税が引き下げられる。そうすると、ベトナムの自動車産業は斜陽していくだろう」――といったような、マクロな観点から語られる経済解説とは真逆の、しかし、はるかに実感を伴った理解を私には与えてくれる。