企業の調達担当者の苦しみは、製品の納期調整にある。毎朝、机に向かうと、その日の納期調整リストとにらめっこをする。そして上から順にメールを送付していく。あまりに単純な文章で、自動化したほうがいいほどだ。「注文番号○○○○○○の製品○○○○について」納期確認を行う。
サプライヤーの納期遵守度を確認する、という作業がある。これは、1年間で100の注文を行い、そのうち80が納期通りに納品してくれ、残り20が納期遅延とすると、80%が納期遵守率というわけだ。しかし、実際にやってみると、納期遵守率は、20%とか30%とかになる場合がある。
しかし、もちろんその多くは、サプライヤーの責任というよりも、発注側の注文が遅れたことにある。部材の標準リードタイムが100日だったとしても、注文してから納品までの期日が30日以内と定めて注文しているのだ。
ただ、発注側も発注側で言い分がある。生産システムが自動化されようが、部材の標準リードタイムを守った注文などできるはずはない。市場の需要が移り変わっていくなかで、何カ月も前から生産個数を決めようもない。
メールに返事が来ないとわかると、次は電話だ。「あれどうなりました」「工場には確認しているんですが」といった、「出前まだですか」「もう出ました」といったもはや茶番ともいうべき光景がいまだに日本中で繰り広げられている。
それで多くの調達・購買担当者は、サプライヤーの工場に出向く。「生産完了までここにいます」というと、「それならもっと早く注文してくださいよ」と愚痴をいわれる。サプライヤー営業側にとっても、サプライヤー工場側から短納期受注についてグジグジと苦情をいわれながら業務している。
それでも頑張るのはエンドユーザーのため。少なくとも関係者はそう思わないとやっていられない。
ナイキの生産スピードの向上
米QUARTZによると、米ナイキは製造計画から完成までのリードタイムを現在の60日から、実に六分の一にあたる10日に縮めると発表した。サプライヤーとの戦略を見直し、あるいは一部の委託をオフショアリングからニアショアリング(遠い国から近い国)へ変更する。そして設備投資を積極的に行う。
現在、スポーツウエア関連では熾烈な争いが起きている。そのなかでナイキは、上記の施策を矢継ぎ早に打ち出すことで市場からの信頼を得たい。スポーツウエアは北米が最大市場だ。ここへの商品投入が遅れれば、それは致命傷となる。ナイキは労働コストが安いためにアジアでの生産を行っていたが、一部のものは自動化設備の促進により米国あるいは米国近くに戻す。スピーディーな商品供給を狙う。
ナイキは米Flexをパートナーとして生産を行っている。同社は2018年に300万ものシューズをナイキに提供するというが、2023年までにはその数が数千万になることを予定している。そのうち25%にあたるシューズは短納期対応が必要であるため、ここでもニアショアリングによる地産地消を強調している。
もちろん消費者は世界中にいるわけで、北米だけを強化して終わりのはずはない。実際にアジア周辺にも多くの消費者が存在する。ゆえにナイキは、自動化などによるスピードアップは北米に限られるものではないとし、アジアのサプライヤー工場にも1200台ほどの自動設備を導入する予定だ。また他の地域も同様だ。それによって世界中のナイキユーザーを待たせないサプライチェーン構造を構築しようとしている。
確かにニアシェアリングのほうが、供給がたまゆらに動く商品であれば有利に働くかもしれない。それは過剰生産や海上運送遅延などのリスクを軽減するからだ。
納期短縮は旧来モデルからの脱皮の象徴か
ところでこの変化について、私は単なる納期短縮だけではなく、広い観点からとらえるべきだと感じている。つまり代理店や販売店モデルから、消費者への直売モデルを強化する際の端境期にあるということだ。
これまでメーカーは多くの雇用と工場を抱え商品を生産し、そしてそれを全世界の小売店にばら撒いてきた。実際にナイキは566の関係工場で100万人が働き、そして年間13億の商品を生産し、75もの物流倉庫を通じて190の国々の3万もの卸や販売代理店に販売してきた。
しかし、消費者の嗜好が多様になり、少品種・大量生産ではうまくいかなくなった。いまはマスカスタマイゼーションが指すとおり、消費者一人ひとりに好みの商品を提供しなければならない。
例えば色やサイズ、細かな仕様、そして足型にいたるまで、商品に求められる個別性は加速している。そこではこれまでの生産スタイル、販売スタイルは時代遅れのものとなりかねない。
自社とサプライヤーの戦略的癒着へ
いわゆる上記の変化を、ダイレクト・トゥー・コンシューマーモデルという。文字通り、消費者と直接つながる形態だ。これまで販売を卸や販売代理店に託していたところを、積極的に直販に乗り出す。そして、むしろ結託すべきは製造を委託するサプライヤーとなった。
サプライチェーンをダイレクト・トゥー・コンシューマーモデルから組み換え、消費者が求めるものをすぐさま提供するためにサプライヤーと密接な関係を構築しておく必要がある。
サプライヤーと蜜月になることで、自社向け工場などの設備投資を促進させる。そして商品開発を素早く進めたり、次世代の開発を共同化したりしなければならない。そしてサプライヤーはさらに生産性向上を目指す。ナイキとFlexはかねてから契約関係を結んでいたが、ここにきてさらに大きなタッグを組むことになった。
なお、私は全面的にニアショアリングを賞賛しているわけではない。それは商品の特性によるだろう。労働集約型的なもので、かつ、リードタイムに問題がなければ、まだオフショアリングも有効といえる。あくまで、重要なのは答えを一つに定めるのではなく、複数の検討材料をもっておくことだろう。
しかし、それにしても、ナイキとFlexから学べることはなんだろうか。今後、私たちに求められるのは、もしかすると「戦略的癒着」ともいえる企業連合なのかもしれない。
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